気象庁火山噴火予知連絡会の藤井敏嗣会長は、記者会見で「今回の噴火は予知の限界」「噴火予知は多くの場合、難しいのが現状だ」と、予知の難しさを国民は理解すべきという主旨で話している。
藤井氏は、「完全な予知」は難しい、という主張をしているのであるが、大切な観点は、「把握していた状況をなぜ登山者に周知できなかったか」である。
気象庁は、「レベルを2に上げたにもかかわらず、噴火しなかった、という事態は避けたい」と予知の成否にこだわってしまったのかも知れない。会見でも「予知は難しい」と言ったように、「難しい予知を成功するように求められているんだ」と思いこんでいたからこそ、マグマ本体の動きのサインを待ってしまったということはないだろうか。
しかし、求められていたことは、「完璧に予知をして当てること」ではなく、「状況が変化しているという事実をしっかりと知らしめる」ということだったはずだ。そのためにこそ「レベル2への引き上げ」が必要だ、と考えることが大切だったのではないか。
医療界でも、昔から「医療は完全ではない。医療には不確実性がある。そのことを患者は理解すべきだ。」という開き直りともとれる発言をことさら繰り返す人がいる。しかし、患者が求めていたことは結果ではなく、患者と情報を共有し共に医療を進めていこうとする姿勢であったわけで、医療界も、今ではその方向に進んでいる。
火山災害の減災のためのリテラシー向上を
これまでは、医療側の患者との情報共有の姿勢が乏しかったために、国民の医療リテラシーがなかなか向上しなかった。それと同じように、火山の専門家たちが、国民は困難な予知の成功だけを求めていると考えていたら、かえって、国民の防災や減災に関するリテラシーは向上しないだろう。
また、医療の世界では、それぞれの患者に主治医がいるように、それぞれの火山に主治医となる専門家が必要だ。最近の医療では、一人一人の患者をチーム医療でみていくことが当然となっているように、火山も専門家のチームで見つめていくことが必要だろう。
「防災の日に思う 地学教育を空洞化させた文科省と教育委員会の責任は重い」でも書いたように、長年にわたり、日本では地学教育が軽視されてきた。火山の監視は、それぞれの地域の大学の専門家の協力も不可欠だが、地学教育の空洞化の流れは、国民の火山に対する理解や専門家の育成にも悪影響を与えるなど、火山災害の遠因になっていく可能性はある。
今回の御嶽山の担当者たちは、地震増加の情報をすぐに自治体に伝え公表しており、仕事は誠実になされていた。今後の課題は、情報を登山者や市民に周知させる技術と、警戒レベルの判断や定義のあり方だ。
特に、御嶽山はカルデラも存在するような大きな火山である。27日の噴火以降、警戒レベル3となっている現状から、今後の変化を読み解き、適切に判断をしていく必要がある。
現場でのそれらの業務の大変さや、噴火後の情報共有と判断の重要さについては、雲仙普賢岳の噴火の際に九州大学島原地震火山観測所に勤めていた太田一也氏の体験談と提言を読めばよくわかる。特に、インターネット上で公開されている下記のページなどは必読だと思う。
www2.pref.iwate.jp/~hp010801/iwatesankiroku/PDF/2-5.pdf
火山国日本での、できる限りの減災の取り組みがすすむことを願ってやまない。
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