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2014年10月20日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター特任助教

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)。『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

人身御供になったワシリエワ

 ところが、スキャンダルの発覚からセルジュコフの罷免までは2週間ほどの時間が掛かった。これはセルジュコフ罷免を迫る軍に対し、プーチンがなかなか首を縦に振らなかったためと言われている。

 セルジュコフを任命して軍改革を行わせたのはプーチン本人であり、セルジュコフ罷免はプーチン本人のメンツに関わる。しかも事件の少し前、セルジュコフはそろそろ国防相を退きたいとプーチンに相談していたのだが、プーチンはこれを強く慰留し、続投が決まったという経緯があった。プーチンは義理にうるさい人間なので、ますますセルジュコフを「切る」という選択はしにくかったはずだ。

プーチンとセルジュコフ(写真:AP/アフロ)

 だが、ワシリエワを中心として国防省が組織的に汚職を行っていたことが明らかになると、プーチンはセルジュコフを罷免せざるを得なくなった。それでもプーチンが死守した最後の一線は、セルジュコフを訴追させないことである。

 実は捜査が進むにつれ、セルジュコフが軍の建設部隊に命じて自分の義弟の別荘まで道路を引かせるなど、職権乱用を行っていた事実がいくつも発覚してきた。実際、こうした事実を以てセルジュコフの訴追に関する話は幾度も浮上してきたのだが、最終的にはどれも握りつぶされている。

 結局、責任を負わされたのは愛人のワシリエワであった。もちろん彼女が汚職事件の中心人物であったことは間違いないが、セルジュコフと彼女との関係や、前述したセルジュコフの特殊な立場を考えると、ワシリエワに全ての責任がかぶせられたという印象はぬぐえない。

 ワシリエワは現在、合計13の罪状で容疑がかけられており、裁判所の決定でもう1年以上、外出制限(自宅軟禁)措置を受けている。

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