チャイナ・ウォッチャーの視点

2014年10月23日

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読み取れる「上から目線」の感覚

 そしてこの「親・誠・恵・容の外交理念」のニュアンスをさらに吟味してみると、そこには、相手に対する「上から目線」の高姿勢が読み取ることができる。

 たとえば「親しむ・親切にする」という意味の「親」は、中国語の感覚において、立場が上の人が下の人に「親切にしてやる」という意味合いが濃厚である。前述の中国の伝統文化から「親・誠・恵・容」の「源流」を探った邢麗菊副教授の論文もまさに、中国古典にある「親民=民を親しむ」という言葉から「親」の意味合いを解釈しているが、ここでいう「親民」とは、上に立つ皇帝や官僚が下の万民を「親しむ」という、まさに上から目線の言葉である。 

 「親・誠・恵・容」の「誠」はさておいて、「恵」もやはり上から目線の意味合いを含んでいると言えるであろう。中国は世界第2位の経済大国として周辺国に「経済の恵」を与えるということだから、優位に立っているのは中国であることは言うまでもない。

 そして4文字目の「容=寛容」となると、どう考えても、上から目線で周辺国を見下ろすような言い方でしかないのである。中国語では日本語と同様に、たとえば一般的な人間関係においても、「AさんがBさんに寛容である」と言った場合、そこに暗に含まれているニュアンスはすなわち、「Bさんの方に落ち度がある」、あるいは「Aさんに対してBさんは負い目がある」ということであろう。Bさんには落ち度があって負い目があるからこそ、それを「許してあげた」Aさんは「寛容である」と評価される。

 要するに、「容=寛容」という言葉を自らの「周辺外交理念」の一つにした習近平主席からすれば、諸周辺国との関係において、彼自身と中国はまさに「許してあげる」という上の立場に立っている認識だということだろう。

 習主席と中国メディアは、中国と異なった諸周辺国の社会制度や考え方に対して「尊重する」という意味合いで「容」を解釈している。しかしそれならば、国際社会で通用していてかつて中国もよく使っていた「相互尊重」というコンセプトを使えば良い。「容=寛容」となると、その意味合いは自ずと違ってくるのである。

 このように、習近平国家主席が自ら打ち出したこの「親・誠・恵・容」の「外交理念」は、極めて独善的・傲慢的であって、まさに上から目線で諸周辺国を見下ろすようなものであることが明らかだが、それはどう考えても、独立国家同士が対等な立場で外交交渉を行うという現代の国際社会の常識と感覚から大きく外れていると言わざるを得ない。

 中国国内のメディアは、去年の10月にこの「周辺外交理念」を打ち出して以来、習近平主席はまさにこの「理念」に基づいて一連の諸周辺国訪問をこなして精力的な周辺外交を展開してきていると伝えているが、習主席自身が訪問した数多くの国の中で、習主席の「親・誠・恵・容外交理念」に同調したり、賛意を表したりするような国は現れていないように見える。

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