チャイナ・ウォッチャーの視点

2014年10月23日

»著者プロフィール

 そう、中国の国内メディアが全力を挙げて「親・誠・恵・容外交理念」絶賛キャンペーンを行っているにもかかわらず、肝心の周辺諸国からは、この「外交理念」に対するコメントは一言も聞こえて来ないのである。

 言ってみれば、いわゆる「親・誠・恵・容外交理念」というのは、習主席の習主席による習主席のための「外交理念」なのである。

「中華思想」の世界観

 問題は、習主席が一体どうして、現代の国際社会と相容れないような上から目線の「外交理念」を打ち出したのかである。このような時代錯誤の「外交理念」たるものは、前述の邢麗菊副教授の論文でも論じているように、中国の伝統思想としての「中華思想」と大いに関係があるのではないかと思われる。

 「中華思想」とは何か。それはまさに、古来より中国が周辺国との関係を考える場合の基本的な枠組みである。この枠組みの中心にはまず「中華」がある。「天子」と呼ばれる中国皇帝の支配下では、「中華」はこの文化的・道徳的優位性において世界の頂点に立ち、文字通り、世界の中心なのである。

 そして中華の周辺では、いわゆる「東夷・西戎・南蛮・北狄」と呼ばれるような「未開の民」があちこちに生息していて、彼らは中華文化からの影響を十分に受けていないが故に、未だに文明化されてない「化外の民」とされている。

 そうすると、皇帝を頂点とする中華の「未開の民」に対する接し方は最初から決まっている。要するに中国の皇帝はまず「徳」というものをもって彼らに接して、中華の道徳倫理と礼儀規範をもって彼らを「感化」しなければならない、ということだ。そして彼らが「感化」されて徐々に中華の道徳や文化を受容してそれに同化していけば、これらの「化外の民」は最後には「文明開化」して中華世界の一員となっていく。その結果、「中華」は中国の皇帝を中心にして常に同心円的に拡大していくものだと考えられるのである。

 その際、「徳」をもって「化外の民」を「感化」して彼らを中華世界へと導くことは、逆に言えば中国皇帝の偉大さの証明でもあり、感化される「化民の民」が多ければ多いほど、中国の皇帝が「真の天命」を受けた偉大なる皇帝として評価されるのである。

 つまり、中華世界の周辺に「化外の民」の存在を設定しておくこと、そしてそれらの「化外の民」を「感化」するということが、中華世界自体における皇帝の権威の強化にも繋がるため、今までの歴史においては、偉大なる皇帝たることを目指そうとする中国の権力者たちは競って「化外の民」に対して自らの「徳」を示し、彼らの「感化」に努めてきたわけである。

関連記事

新着記事

»もっと見る