問題なのは、この数値が一見、「利用者が疾患を発症するリスク」のように見えることだ。しかし、実際に出しているのは日本人の平均発症リスクを1とした場合における、その人が属するSNP型集団の発症リスク比。平均点60点のクラスには20点の人もいれば90点の人もいるように、リスク0.84の集団にもリスクが0.55や1.75の人がいる。図に挙げた肺がん(肺腺がん)0.84倍という数値もクラスの平均点であり、そこに属する個人にとってはあくまでも目安でしかない。
肺がんなら、こんな数値を気にするより圧倒的なリスク要因である喫煙を気にした方が、はるかに意味がある。小さな遺伝要因が日本人平均の1.24倍だろうが0.84倍だろうが、肺がんにならないためにやることは禁煙。肺腺がんは肺がんの中で最も喫煙の影響が少ないがんであるが、それでも喫煙により、発症リスク全体が男性で2.3倍、女性で1.4倍に跳ね上がることが知られている*。遺伝子検査をしなくてもやることは同じではないか。
*国立がん研究センター(http://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/783.html)より
「それでも確率論的に言われると、強烈なインパクトがありますよ。肺がんは、平均よりなりにくいと分かったので安心しました。禁煙しない言い訳に使えます」(40代、男性利用者)
リスク値が大きく、不安を煽られて良い方に行動変容する分にはまだよい。DeNAの深澤氏は「きちんと説明してあり、利用者の予防に役立つ」と個人向け遺伝子検査の有用性を主張するが、遺伝子検査から導き出される限定的な情報が、利用者を誤った行動へ導く可能性があるとすれば、有用どころか危険ですらある。これを「禁煙しない言い訳」に使うという利用者のリテラシーの問題だけに帰すべきではないだろう。