ゲノムのお値段「マイナス3万円」
「もちろん、BtoBです。遺伝子検査は1回やったら終わりだから、遺伝子検査だけではビジネスは成り立たない」こう語るのは、ジーンクエスト代表で東京大学大学院博士課程に在籍中の高橋祥子氏。「大学はお金がなくて、研究費を取ることばかりに頭も時間も使っている。それだったらビジネスと両立させて研究をやる方法がないか、何度も飲みながら話し合って起業しました。そこに変な髪型のおじさんがいますよね、あの人と。研究室の先輩で役員をしています」。
研究者は今まで、必死で研究費を取り、被験者に金を払って検体を集めていた。ところが、個人向け遺伝子検査では検体をくれる上に、金も払ってくれる。研究者には夢のような話だ。
「フルゲノムを見たからと言って何ができるようになるのか、はっきりとわかっている人はいないでしょうね。でも、検体が集まってくればすぐにでも応用できることもあります。たとえば、新薬の治験で効果は得られているのに副作用が出る場合、副作用が出る人に特異的なSNPを調べ、そのSNPがない人に投薬して問題がなければ遺伝子検査を前提に承認してもらうとか」。
しかし、もっと応用が現実味を帯びているのは、医薬品のように効果や安全性をはっきりとはさせる必要のない化粧品やサプリなどの分野。白斑やお茶の石鹸アレルギーが問題になったことは記憶に新しいが、「ああいうのを調べて原因究明や新製品の開発に協力したい」と語る。ヤフーとの提携で収集検体数を加速させるジーンクエストは、すでに富裕層向けのオーダーメイド化粧品会社やサプリ販売会社との提携を決めている。
検査会社や研究機関の手に渡った利用者の遺伝情報は、どうやら遺伝子検査とは関係のないところで、ビジネスと結びついて独り歩きを始めるらしい。匿名化されない情報は送客に結び付けられ、匿名化されることになっている情報は、エビデンスの強弱にかかわらず製品開発と結びつき、知財を生み出す可能性を持つ。しかも、その利益はどの事業者の同意書にも「事業者か、研究機関もしくは研究者に帰属する」とある。
「マイナス3万円」で遺伝子を売ったあなたに還元される利益は何なのか。もっとも遠い未来の利益は、オーダーメイドの医療と医療費削減かもしれない。近い未来では、安全で効果のある新薬や化粧品なのかもしれない。しかし、当面の「利益」は、エビデンスに乏しい健康アドバイス、「あなたの遺伝子型にあった」化粧品や健康食品、ということになるのだろうか。