そして、人民日報記事が彼ら「老同志」全員の名簿を公表したのはむしろ、今後、曽慶紅・郭伯雄両氏を含めた彼ら「老同志」全員に「腐敗摘発」の手が及ばないことを暗示しているのではないかと理解できよう。習近平指導部は、このような形で今後の「大物トラの摘発」に関する巷間の噂の取り消しに躍起になっているわけであるが、その意図するところは当然、党の上層部の疑心暗鬼を解消して江沢民派や胡錦濤派との「和解」をアピールしようとしているのではないかと思われる。したがって、習近平指導部の進める腐敗摘発運動は、少なくとも党の上層部の範囲内ではすでに収束を迎えており、今後は「大物トラ」の摘発はもはやないと見ることもできるのではないかと思う。
腐敗摘発運動に対する
「三つの“誤った議論”」
それでは習近平国家主席は一体どうして、自らの肝入りの「トラを叩く腐敗摘発」を断念するに至ったのだろうか。その背後には当然、党内で隠然たる力をもつ江沢民派と胡錦濤派の反撃・反発があったのではないかと思う。特に胡錦濤派の反撃に関しては、昨年12月26日掲載の私の論文(「習近平VS胡錦濤 加熱する権力闘争」)が指摘している通りである。おそらく、習近平指導部の無鉄砲な腐敗摘発運動の推進に危機感を募らせた胡錦濤派と江沢民派が連携して逆襲することによって、習近平氏はこれ以上の「トラ叩き」を断念せざるを得ないところまで追い込まれたのではないかと推測できる。
習近平国家主席に腐敗摘発運動の無制限な推進を思い止まらせたもう一つの要因は、やはり中国共産党党内で腐敗摘発運動の展開に対する反対機運が派閥を超えて高まっていることにあろう。つまり今の共産党政権内では、指導部の進める腐敗撲滅運動に対し、「もううんざりだ」という気分が一般的に広がっているのだ、ということである。
実はそれは、同じ人民日報が今年1月13日に掲載した1本のコラムを読めばすぐに分かる。
「反腐敗運動推進のために打ち破るべき三つの“誤った議論”」と題するこのコラムは、習近平指導部の推進する腐敗運動に対して三つの「誤った議論」が出回っていることを取り上げ、運動推進のためにそれらの「誤った議論」を打ち破るべきだと論じたものであるが、この文面からは逆に、今の中国国内(とくに共産党政権内)で習近平指導部の腐敗撲滅運に対する批判の声がかなり広がっている現状が窺えるのである。
コラムは「三つの誤った議論」をそれぞれ、「腐敗摘発やり過ぎ論」、「腐敗摘発泥塗り論」、「腐敗摘発無意味論」と名付けている。「腐敗摘発やり過ぎ論」とはその名称通り、「今の腐敗摘発は厳しすぎる。摘発された幹部が多すぎる。いい加減手を緩めるべきだ」との意見である。「腐敗摘発泥塗り論」とは要するに、共産党の大幹部たちの驚くべき腐敗の実態を暴露した腐敗摘発運動は、逆に共産党の顔に泥を塗ることとなって党のイメージタウンに繋がるのではないかとの論である。そして「腐敗摘発無意味論」とは、「政権内で腐敗は既に徹底的に浸透しているから、いくら摘発してもただの氷山の一角にすぎないので腐敗を根絶することは到底出来ない、だからやっても無意味だ」という論である。