オトナの教養 週末の一冊

2015年6月25日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 ではなぜ、将棋倒しのような「もっとも恐ろしく極端なパニックの一形態として表される行動」が起きるのか?

 イスラム教の巡礼者が群集となってひしめき合う「ハッジ」を例に挙げ、それが暴徒のせいではなく、群集の物理学のせいで引き起こされる、というスコットランドの数学者の研究は、大いに示唆に富む。

 <人間は少なくとも各々一メートル四方の空間があれば、自分の動きを制御できる。一人あたりの空間が一メートル四方より小さくなると、他人に押されても対抗できなくなってしまい、小さなよろめきが増幅されることになる。あの朝十一時五十三分過ぎに、フセインとサディークは群集から衝撃波(音速を超える速さで伝わる強い圧力変化の波)の振動を感じた。その時点で、群集は不安定になって揺れた。>

 <将棋倒しで死ぬ人々は、通常は踏みつけられて死ぬわけではない。窒息死するのである。ごみ圧縮器の中で圧搾されるのと非常に似ていて、四方八方から圧力をかけられて息ができなくなるのだ。肺は圧縮され、血液中の酸素は欠乏する。一人の人間を殺すのにたった五人が力を合わせるだけで十分なほどだ。>

人はパニックになるという考えが 
逆に多くの人の命を奪ってきた

 将棋倒しが、おもに時間、空間、そして密集の度合いの相関作用で起こること、加えて、大きな物音や爆撃の噂のような心理的作用も急激な動きのきっかけになること、つまり物理学と心理学を知っていれば、悲劇は防ぐことができる、というのだ。

 「群集の殺到を防ぐ方法は知られている。それはもはや問題ではない。問題は、責任者が変更を加えるべき点を受け入れないことだ」。憤りをあらわに、著者は続ける。「パニックは、犠牲者を非難する手段としてあきれるほど何度も利用されてきた」し、災害が起きる前でも、国民を軽視する口実に利用されてきた。「人々はパニックになると昔から言われている。だから情報や訓練――自らが生き延びるための基本的な手段――を与えたところで彼らを信頼するわけにはいかないのだ、と」。

 ある災害専門家は、こう問いかけた。「警告を与えたら人々がパニックになるおそれがあると考えた人のせいで、何人のアメリカ人が亡くなったか知っていますか?」と。

 この問いは、わが国でも発せられるべき問いであろう。さまざまな意味で「unthinkable」に対処すること、それが現代における危機対応の要であると感じた。

  
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