今国会の最大の目玉の安保法制に関する国会での審議が始まった。安倍総理大臣が訪米中の4月29日に米連邦議会で行った演説の中で、今年の夏までに成立させることを約束した法制だが、審議は早くももめそうな気配だ。読売新聞が6月5〜7日に行った世論調査でも、安保法制について政府・与党が十分に説明していないと考える回答者が80%に達し、今国会での法案成立に反対する回答者も59%と、約6割に至っている。内閣支持率も読売新聞が5月上旬に行った世論調査と比較して5%低下するなど、安倍政権にとってはかなりの向かい風になっている。
今回、政府が提出した「平和安全法制」と一まとめで呼ばれる法案は、大雑把に言うと、「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」の二本立てだ。前者は、自衛隊法、国際平和協力法、国家安全保障会議設置法など合計10本の既存の法律の改正だが、昨年7月の集団的自衛権行使についての解釈変更に関する閣議決定と呼応する形で「重要影響事態」と「存立危機事態」という二つの概念が新たに導入されることになった。
そのため、例えば「周辺事態安全確保法」の名称が「重要影響事態安全確保法」に、「事態対処法」の正式名称に「武力攻撃事態及び存立危機事態」と修正が加えられるなど、法律の名称そのものが変更になっているものが10本の法律のうち6本にも上っている。後者は国際平和協力法が念頭に置く国連平和維持活動以外の多国籍軍による活動に自衛隊が参加する際の条件を定めたものだ。
今回の法律で何が変わるのか?
外務防衛省でも関係者以外は全貌は理解できず
実は、「平和安全法制」を今国会で成立させるための最大の懸案は、法案パッケージの難解さにある。特に「平和安全法制整備法」については、法案の中心が既存の法律の改正のため、もとの法律を横に置き、対比させながら読んでいかなければ、変更点を理解するのは極めて難しい。しかも、「平和安全法制整備法」で改正が定められている10法に加えて、もっと細かい改正を行う法律がさらに10本もある。
つまり「今回の法律で何が変わるの?」という問いは、計21本の法律の内容を理解しないと、きちんと答えられないのだ。外務省や防衛省でも、法案の起案に携わった人以外は、法案の全貌は分からないのではないだろうか。前述の世論調査の結果に対する発言として自民党の谷垣幹事長による「丁寧に丁寧に説明するしかない」というコメントが報道されているが、「丁寧に丁寧に」一般の有権者が分かるように法案を説明できる国会議員が一体、何人いるのだろうか。
さらに、「平和安全法制」制定の目的そのものが達成できるかどうかも疑問だ。平時から東シナ海での緊張の高まりを念頭においた「グレーゾーン事態」、日本の安全そのものが脅かされる「有事」に加え、国連平和維持活動の参加基準を国際標準にどのくらい近づけるのか、国連平和維持活動以外の多国籍軍による活動(有志連合による活動のようなもの)にどこまで自衛隊が参加するのか、など、様々な状況を想定した「切れ目のない」法体制の整備を目指しているにも関らず、法律によっては国会による事前承認が義務付けられていたり、「存立危機事態」や「重要影響事態」など、定義そのものが分かりにくい事態が新たに想定されたりしていることで、今回の法制を全体としてみた場合に、結局、「切れ目」が生じてしまうリスクが残っている。
また、日本を取り巻く安全保障環境の変化に対応するために制定を目指しているにも関らず、対応する対象として主権国家の政府、及び政府が統制する勢力のみを念頭においていることも疑問だ。例えば、「平和安全整備法」の下で改正される法律の一つに国際平和協力法がある。この法律の改正は、あくまで「PKO参加5原則」の範囲となっているが、この5原則の中の一つに「受入れ同意が安定的に維持されていること」がある。