オトナの教養 週末の一冊

2015年6月25日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 原題のThe Unthinkableには、「想定外の惨事」という意味とともに、危機に際して我々は「考えられなくなる」という警告も含まれているように思う。

 驚くことに、人間は恐怖に押しつぶされ、制御できないと感じるやいなや、思考停止に陥って動けなくなる。文字通り、「固まる」あるいは「凍りつく」のだ。

 同時多発テロ攻撃を受けた世界貿易センタービルで、ハリケーンに襲われたニューオーリンズで、あるいは、沈みゆく豪華客船で、火が燃えさかるサパークラブで、意外なほど多くの人びとが、何事もないかのように仕事やダンスを続けたり、その場に呆然と座りこんだりする様子が目撃されている。

 ヴァージニア工科大学の銃乱射事件では、男子学生が床に倒れて「死んだふり」をした結果、ただ一人生き残ったが、これは例外で、ほとんどの場合、思考停止は死に直結した。

リスクについての歴史や科学を学び 
脳のために予行演習をする

 動物麻痺を研究する専門家によると、あらゆる種類の動物が、極度の恐怖にさらされると完全に活動を停止する強い本能をもっている、という。麻痺状態でいることは、ほかに逃げ道がない場合、捕食者から逃れるため理にかなった戦略だった。進化上、有利にはたらいたとみられる。

 しかし、現代の災害では、脅威は別の動物から与えられるものではないので、麻痺は功を奏さないかもしれない。むしろ、まちがった反応になる可能性が大きい。

 「わたしたちは、以前は適応性のあった反応が、科学技術が進歩した結果、もう適応性がなくなった状況を目の当たりにする可能性がある」。動物麻痺の専門家のこの指摘は、じつに興味深い。

 だからこそ、「生死にかかわる状況では、脳には単なるあいまいな助言ではなく、意識下のプログラミングが必要である」と、著者は訴える。ただ水を備蓄するだけでなく、「リスクについての歴史や科学を学び、脳のために予行演習をするよう努力していただきたい。手の込んだものでなくてもよい。週に一度、階段を使ってオフィスビルから出ていくだけでもいいのだ」。

 このように、人間は実際に災害に遭うと、全く何もしない、という反応をすることが最も多く、たいていの場合、心配されるような「パニック」は起こらない、と著者はいう。

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