この熱き人々

2015年8月6日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「もともと狂言は猿楽と呼ばれるものを祖としていて、狂言の修業も、猿に始まり狐に終わると言われます。自分と猿との間にいきなりゴリラが飛び込んできた感じと言いますか……すごく新鮮で目から鱗が落ちるようないろいろな発見がありました」

 まずは、ゴリラの動きを体得しなければならない。

 「先生の講義を八時間以上は聴きました。ゴリラの習性や恋愛、呼吸、歌、間合い、動きなどを話と映像で勉強して、動物園にも通い詰めて観察しました。その過程で、なぜ猿楽だったのだろうとまさに原点を考えるようになりました。なぜ猿のマネをし、猿を擬人化したのか。いろいろな動物がいる中で、猿が一番人間に近い存在だったわけで、それをマネることで人間を考えたとしたら、より人間に近いゴリラからのフィードバックは、猿とはまた違うものがあります」

 ゴリラの姿勢は猿とは違う。背筋をそらせ威厳を示し、長い腕を垂らし、腰を落とす構えは、普通の狂言の数倍の体力を必要とする。

 「狂言の構えとゴリラの腰の入れ方が同じなんです。間合いの取り方や名乗りの方法など、狂言の表現と共通している。狂言の型は、農耕民族の構えから発していると思ってきたけれど、もしかしたら人間以前の何かから発しているのではという考えも生まれました」

 ゴリラと向き合うことで、狂言の原点と向き合うことになったわけだ。さらに芸能の原点とは何かも考えさせられたという。

 「芸能は神楽(かぐら)から始まって、神に奉納するものだと思っていたんです。が、山極先生が神様より前に子どもに歌い聞かせた子守歌が始まりじゃないかとおっしゃったんです。文字も言葉も神も持たないゴリラは、歌や表情で気持ちを伝え合っている。それまでの思い込みがぶち壊されたような新鮮な驚きでした」

百年後を見て進む

 構想から五年の年月をかけて2010年五月に上演されることになった創作狂言「ゴリラの子守歌」は、山極教授の講演中にゴリラが客席をいじりながら登場して、いつの間にか舞台上で狂言に移行するという斬新なもの。

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