「型を知っている人たちはびっくりしたと思います。でも、猿楽の最初は人の集まっているところで奇襲的に始まるストリートパフォーマンスだったのではないですか」
当たり前になってしまったものをはぎ取っていくことで、原点の姿が見えてくる。猿楽からゴリラ楽を生み出した千三郎の突進ぶりに、狐を磨き上げている芸に狸をぶつけて「狸腹鼓」を生み出した安土桃山時代のとっぱに通じるものが感じられる。
狂言と縁のなかった人たちはピュアに身体表現の面白さに喝采を送り、広がった裾野が一二年のゴリラ楽の第二弾「ゴリラの子育て」を生み出す土壌になった。そして目下ゴリラ楽三作目の構想も、山極と千三郎との間で練られているという。
ますます忙しさを増す中、年間70校もの小学校を回って、子どもたちが狂言に触れる機会を作っている。発声やすり足やお辞儀などの所作を教えて、実際に演じてもらう。子どもの反応はストレートで容赦がないから、わかったふりをしてくれる大人たちより緊張するという。
「狂言が教科書に登場するのは小学校六年です。できれば、その前に本物を見てもらいたいんです。頭ではなく身体で感じてもらいたい。五感で吸収してもらいたいんです」
依頼があればどこにでも狂言を出前する。遠くは海外にも出向く。移動の際の荷物の重量は40キロを超える。かつては、その荷物を自分で支度し自分で運んだのだという。
「能狂言では、衣装も鬘(かつら)も役者自身が管理し、準備し、自分の責任で運ぶんです。宅配便ができたときは神の助けと思ったけど、大事な装束を人に運ばせるとは何事だって父から許しが出ない。肋間神経痛になって、さすがに今は狂言の魂の面以外は宅配便を利用できるようになりました」
そうでなくても、舞台での動きは膝や腰への負担が大きい。そんな移動の日々の中で、新作狂言への意欲もますます盛んだ。
「狂言はあらゆる動物を演じます。植物の精も演じます。正義や悪といった抽象的な概念を擬人化してしゃべらせたりもできる。でも空気や水を演じたことはありません。抽象的概念で、古典化しているものもないんです。百年後に古典になっているような作品を書きたいと思っています」
今年一月。茂山千五郎家から『一子相傳 大極秘 他見無用 和伝書(わでんしょ)』(淡交社)なる一冊の本が上梓された。茂山千五郎家が総出で“和らい”(笑い)の極意を写真入りでわかりやすく伝えるこの本によって、狂言の世界を近くで覗き見したような親近感が湧く。
それにしても、このタイトル。「お豆腐狂言」茂山家の面目躍如である。
(写真:岡本隆史)
茂山千三郎(しげやま・せんざぶろう)
1964年、京都府生まれ。十二世茂山千五郎(四世千作)の三男として生まれる。2歳より祖父の三世千作と父に師事、2歳半で初舞台を踏む。大蔵流狂言師として国内外で公演を行うほか、ラジオのDJも務め、小学校で子どもたちに狂言の面白さを伝える活動にも力を入れている。
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