小川さやかのマチンガ紀行

2015年7月31日

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小川さやか (おがわ・さやか)

立命館大学 先端総合学術研究科准教授

立命館大学先端総合学術研究科准教授。1978年生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。国立民族学博物館などを経て現職。著書に『都市を生きぬくための狡知 タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(世界思想社)。

ただ退屈なだけでなく、スマホにより不安を紛らわす

 いまでは、みんなケータイが手放せない。新聞とは違い、インターネットの情報は無限だ。目の前の仲間とのあいだで話題が尽きたら、SNSやチャットをすればいい。トランプやボードゲームに飽き飽きしていた露店商たちはあっという間にケータイ・ゲームの虜になった。運転中もスピーカー機能にして友人と話をしているタクシー運転手たち。客の相手をするときもケータイでの井戸端会議をやめられないキオスク店主たち。ケータイにダウンロードした音楽を聞きつづけて耳が遠くなったと愚痴る少年たち。バーに飲みに行っても、ケータイに夢中でまったく会話をしない恋人たち。そのような光景は珍しいものではなくなった。

 このようなケータイへのはまり方はもちろん、ただ退屈なだけでなく、それにより不安を紛らわすことが可能だからでもある。将来に対する漠とした不安というより、「今晩、家族を食べさせるカネがない」「家賃の未払いで明日にでも大家に追い出されそうだ」「明日も仕事が見つからなかったらどうしよう!」といった喫緊の問題をタンザニアの若者は日々抱えている。

 そして、これらの問題を解決しうる手段は、友人や家族との関係を維持し、新たなネットワークの開拓をすることで、いざという時にエム・ペサ口座を通じて小銭を融通しあうことでもあるから、ケータイ依存は、友だちや家族との社会関係にかかわる問題でもある。

 私の友人たちもしょっちゅうメールをチェックしている。電話やメッセージの着信音はいらいらするくらいに頻繁に鳴る。半日くらいメールに返信をしないと、「なんで返信しないんだ?」「病気なのか?」「どこにいるんだ?」「なにか機嫌を損ねるようなことをしたか?」などと立て続けにメールが送られてくる。メールを既読スルーされないように人間関係を維持しておくことは、明日の生活がかかった文字通りの死活問題だからだ。

技術革新が開くネットワークと
相互扶助・人間関係の論理の共鳴

 ここで重要なのは、ケータイやエム・ペサが切り開く社会ネットワークの世界と、彼らの相互扶助をめぐる人間関係の論理とはどこかで共鳴していることである。こういうことだ。いつも特定の相手に支援の要請をすることは、誰にだって心苦しいことである。日々の生活の困難を背負いあう濃密な人間関係は「友情」や「絆」という言葉などでは表現しがたい面倒をもたらす。家族や親族などの切り捨てることのできない関係や、職場の同僚や取引先など利害が絡む関係は、できれば不用意な無心により悪化させたくない関係である。

ケータイはいつでも身近に置く(溝内克之撮影)

 ここで、5000シリングを誰かに貸してくれと頼むのと、「悪いな、500シリングだけ俺の口座に足してくれないか」と10人の仲間にメッセージを送るのとでどちらの心理的ハードルが低いかというと、たぶん後者である。いつ返済できるかわからない大金を借りたり、同じ人物に続けて大きな借りをつくるよりも、小銭を回していける仲間をケータイ・ネットワークで拡大し、タバコ1本やソーダー1本分くらいの金をゲーム感覚でおごりあうほうが生きていきやすいのだ。

 ただ電子マネーでつながる仲間は、彼らがストリートで顔を突き合わせて築く友人関係とは違うものだろうし、それは彼らの相互扶助や友情のありかたそのものを変えていくだろう。

 アフリカ諸国におけるケータイの進化は、モバイル通信会社の革新的なサービスと人びとのあいだの助け合いのかたちとがどこで整合し、それによりどのような新しい社会的世界がバーチャルな世界を含めて築かれていくのかを見てくことがカギとなる。その社会的世界を同時代を生きる私たちのケータイやネットを通じた社会的世界とともに考えていけたら、面白いと思う。

〈参考文献〉
羽淵一代・内藤直樹・岩佐光広2012『メディアのフィールドワーク―アフリカのケータイと未来』北樹出版。
Mramba, N., E. Sutinen, M. Haule and P. Msami 2014 “Survey of Mobile Phone Usage Patterns among Street Vendors in Dar es Salaam City, Tanzania.” International Journal of Information Technology and Business Management, Vol 28, 1:1-10.

  
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