2024年4月25日(木)

古希バックパッカー海外放浪記

2015年8月12日

 そのころ私は60歳で定年退職し、残りの人生を『自由気ままに海外放浪する』という、平凡なサラリーマン生活を送ってきた自分にとってはかなり大胆で破天荒な決断をしていた。北京に単身赴任していた私は電話で家内にその旨を説明したが、どうも真意は伝わらず、親しい人達にも打ち明けて相談してみたが、自分の決断に今一つ自信または確信が持てなかった。

『定年退職おじさんの海外放浪一人旅』

 周囲では65歳以前に自ら進んで仕事を辞める人間は皆無であり、『定年退職おじさんの海外放浪一人旅』というコンセプトを仔細にかつ客観的に眺めると『そもそも老後の資金は大丈夫?』『余り面白味がなさそう?』『みじめっぽい?』『長続きせず飽きるんじゃない?』などなど悲観的になるばかり。

中国駐在時代、チェン・イン(胡笛奏者)とライブ演奏後に写る筆者

 大きなプロジェクトを成功させるために事前に小規模の実証実験をすることがある。それにより机上の空論が実現可能か否か事前に検証する訳だ。そこで私は北京でオフの時間は一人で何か面白いことを実践することにより、海外放浪一人旅の疑似体験をして一人旅コンセプトが実現可能で、かつ面白いことを実証しようと思い立った。

 その第一弾としてそのホテルの最上階ラウンジに赴いた次第。当夜9時頃にラウンジに到着すると北京の夜景が一望できるバー・ラウンジは満員御礼状態。かなり派手な美人ジャズ・シンガーがピアノ、ベースをバックに“Misty”を歌っている。それがルシアであった。

 私が片手を挙げて会釈すると、彼女は妖艶な微笑みを浮かべ歌いながらステージ脇の一つだけ空いているテーブルを指してそこに座れとサインを送ってきた。数曲歌ってステージが休憩になると彼女は私のテーブルに来て中国語と英語のチャンポンでおしゃべりしていたが、ひょんなことから『おじさん海外放浪一人旅』構想について吐露することになった。

 途端にルシアの表情が変わり真剣モードに。人生一期一会であり自分の夢にチャレンジすべきとのご託宣。ルシア自身、共産党地方幹部の娘という恵まれた環境に育ち大学で経営学を学び北京で大手企業に就職したが、それを捨てて「ボーカリスト」の道を選んだとのこと。最初は后海(北京の新しいナイトスポットで湖の周りに多数のクラブやライブハウスがある)の小さな店で無給の見習いとして歌っていたが才能を認められ、紆余曲折を経て一流のステージで歌うことができるようになったと。

 自信たっぷりのステージマナーからは信じられないがなんとまだ25歳とのこと。彼女の夢は自分のバンドを持ち、さらに自分が社長として音楽プロダクションを経営することであると相当に野心的。いずれにせよ25歳のジャズ・シンガー(クラブ歌手)と定年間近のオジサンが意気投合したのである。


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