日本(日米)が講じるべき備えとは
今回の中国艦隊の行動に込められた意図の特定は困難であるが、日本(日米)は今後想定される様々な可能性に対処できるよう備えておく必要があろう。まず、中国の意図が米国への対抗意識の表明である場合には、米国自身が引き続き地域の平和と安定に関与する意志と能力を強調することが重要であり、日本としては米国を強力に支える姿勢を示すべきだ。この点で、日本が安全保障分野で米国とより密接に協力する根拠となる平和安全法制が成立した意義は大きい。
一方、中国の意図が北極海への軍事的関与の序曲である場合、日本(日米)の備えはより具体的なものとなる。もちろん、中国の軍事的関与が北極海の安全保障に資するものであれば歓迎できる。しかし、東シナ海や南シナ海での高圧的で一方的な中国の海洋活動を見れば、その北極海での軍事的関与を楽観視はできない。
では、日本(日米)の北極海の安全保障に関する方針を確認してみよう。米国は「包括的な北極政策」(2009年)、「北極圏での作戦と北西航路に関する報告書」(2011年)、「北極圏国家戦略」(2013年)などの文書で北極圏の安全保障への関与を明示し、軍や沿岸警備隊が警戒・監視等を実施している。
日本では「国家安全保障戦略」が北極海について「航路の開通、資源開発等の様々な可能性の広がりが予測されている(中略)同時に、このことが国家間の新たな摩擦の原因となるおそれもある」との認識を示しているものの、具体的な取り組みへの言及は無い。また「平成26年度以降に係る防衛大綱」の中には「北極海」の文言も見当たらない。これらが示すように日本は北極海での安全保障に関して方針も具体的な備えも欠いている。
中国軍の北極海への軍事的関与を見据えた場合、日本としても自衛隊に何らかの備えをさせる必要性が浮上する。まず北極海とその周辺に係る情報収集・分析能力の向上が課題となる。この分野では米国との協力が鍵だ。
また、自衛隊がこの地域でプレゼンスを示し、作戦能力を高めることも重要となる。航空自衛隊はアラスカで毎年実施される米軍主催のレッドフラッグ演習に継続的に参加しており、2015年8月の同演習では航空自衛隊に加えて陸上自衛隊(第1空挺団)も初めて参加した。海上自衛隊にも当該海域で米軍との共同訓練等を行うことを期待したい。なお、北極海航路のチョークポイントであるベーリング海峡は機雷等で封鎖された場合の影響が甚大であることから、同海峡の安全確保について米国、ロシア等の関係国と協議し、訓練を行うことも検討に値する。
他方、中国本土と北極海を結ぶシーレーンは、バシー海峡を通航する場合を除き日本周辺の海峡(宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡、大隅海峡、宮古海峡など)を経由することとなる。特に、宗谷海峡と津軽海峡は中国本土と北極海を短時間で結ぶ重要な海峡である。日本がこの地政学的アドバンテージを生かすためには常続的に警戒・監視を行い、敵対的な通航を拒否できる態勢が不可欠だ。
近年、自衛隊の体制は南西諸島方面へのシフトが顕著であるが、中国軍が「北の海」にも目を向けるのであれば、宗谷・津軽両海峡の防衛を含む「北の備え」は今後重要になる。加えて、日本周辺海域から北極海に至る経路のオホーツク海と北太平洋において海空自衛隊が米軍とともに警戒・監視等を行える体制を構築することも必要となる。
こうした「北の海」を睨んだ体制は自衛隊に更なる活動範囲の拡大と新たな能力の保有を求めることとなる。日本政府はまず、米国等と協調しつつ北極海の安全保障に関する方針を確立し、それに基づいて自衛隊への資源配分を適切に行う必要がある。同時に、自衛隊にも統合の進展および陸海空各自衛隊の合理化・効率化を推進し、資源を捻出する努力が求められる。
中国が東シナ海や南シナ海で高圧的で一方的な海洋活動を行っている現実を踏まえれば、日本としては北極海での中国の活動に警戒感を持たざるをえない。他方、中国の平和的な海洋活動については大いに歓迎し、これと協力する姿勢も重要である。同時に、航行の自由を確保するための国際的な取り組みに中国を巻き込み、国際協調へと誘う努力も忘れてはならない。グローバルな海洋国家である日本は、こうした硬軟取り混ぜたアプローチによって相応の役割を果たすべきだ。
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