アメリカでの「体当たり営業」
気分を良くした一行は、そこから『鉄腕アトム』の売り込みへと動き出す。アメリカの3大ネットワーク(ABC、CBS、NBC)にそれぞれ電話をかけたが、担当者へのアポイントは思ったよりスムーズに進んだ。「日本からアニメーションを売り込みに来たのは初めてだ。面白そうだからぜひ話を聞きたい」と興味を持ってくれた。
そして、1日で3社を回る強行スケジュールが敢行された。持参したフィルムには字幕がないので英文で書いた筋書きを渡し、映像を流しながら解説を加えた。久里洋二氏らのフィルムは「高級すぎる」という理由で興味を示されなかったが、『鉄腕アトム』については、3社とも「素晴らしい、面白い!」という反応が返ってきたという。
翌日、再度3社を訪問すると、もっとも積極的にアプローチしてきたのはNBCだった。
「『すぐにでも契約したい』と持ちかけてきたんだ。あまりに真剣で唐突だったから、逆にこっちの心の準備ができてなくて、『ちょっと待ってくれ』って……。そりゃあ、深呼吸する間くらいほしいよね」
相手の熱心な態度に感動した藤田氏はその日の午後、NBCと仮調印を結んだ。
肌身で感じた日米のギャップ
翌日、「日本のアニメーション番組『鉄腕アトム』の放映権をNBCが買った」というニュースが流れた。藤田氏は自社のメーンバンクのニューヨーク事務所に報告し、手塚氏に支払う契約金の用意を依頼したが、担当者にはこのニュースの価値が理解できないらしく反応は薄かった。
ところが翌日、アメリカの銀行がホテルに押しかけてくると、「ミスター・フジタ、おめでとう! NBCと契約できるなんて素晴らしい。お金が必要ならいくらでも貸すから遠慮なく言ってくれ」と申し出があった。アメリカの銀行から融資を受けるリスクが読めずこの話は断ってしまったが、ソフトビジネスに対する日米の反応のギャップに愕然としたという。
売り込みが成功してほっとしたのも束の間、新たな問題に直面する。仮契約は交わしたが、アメリカで正式な契約を結ぶ方法がわからない。ニューヨーク駐在の映画会社の知人に相談すると、「買ったことはあるけど、売ったことはないからわからない」と言われた。「まるで漫画だろ?」と藤田氏は笑う。それほど日本の番組をアメリカに売ることが非現実的な時代だったのだ。
「僕はずっと、人がやっていないことをやりたいと思ってきた。メーカーが新製品を開発するように、メディアに関わる人間も新しい仕組みを考えることが大事なんだ」
人がやっていないことをやる。言葉にするのは簡単だが、実現するのは決して容易ではない。しかし藤田氏の紡いできた歴史に目を向ければ、そんな先駆者としての足跡がびっしりと刻まれている。