『マスターズ』の衛星生中継
今では当たり前になっているが、深夜や早朝の海外スポーツの生中継は、藤田氏の弟(敦氏)の提案で1976年に始まった。
「スポーツの醍醐味は先の読めない緊迫感にある。生中継でなければそれが伝わらない」
当時、毎日放送の東京営業部長をしていた敦氏はそう考え、ゴルフの『マスターズ』の生中継を兄に提案した。
弟の提案を受けた藤田氏は、TBSに話を持ちかけた。「朝4時から放送を始めます」と言うと、編成や営業の担当者から「そんな時間に誰が見るんですか」と反論された。しかし、藤田氏はすべての広告枠を買い切るというリスクを背負うことで、マスターズの生中継をスタートさせてみせた。
メジャーリーグ、セリエA、F1グランプリ、世界陸上など、深夜から早朝にかけて生中継されるスポーツ番組はいまや数え切れない。注目度の高い試合の翌日は、きまって寝不足のビジネスマンが大量発生するほどだ。敦氏が考えたとおり、スポーツの生中継が放つ緊迫感は多くの人々の心を魅了しつづけている。
人気番組『11PM』の誕生秘話
深夜のワイドショー番組『11PM』(イレブン・ピーエム)をご存知だろうか。1965年から1990年まで放送されたこの人気番組も藤田氏が企画したものだ。そして、その発想の原点を遡ると、『鉄腕アトム』をアメリカで売り込んだ話へと舞い戻る。
手塚氏を連れて再び渡米し、NBCとの調印式を終えた藤田氏は、NBCの社長から『トゥナイトショー』という番組を見てほしいと言われ、手塚氏とともに収録中のスタジオへ案内された。『トゥナイトショー』は夜11時から始まる生放送のバラエティニュース番組だった。
当時の日本では、夜の11時はどの局も放送を終了していた。「アメリカは違うなぁ。夜遅くからこんなに豪華な番組が始まるんだ」と感心しながら眺めていると、突然スポットライトが自分たちに向けられた。司会者が『AstroBoy』の作者として手塚氏を紹介し、藤田氏の名前も呼ばれた。盛大な拍手が二人を包む。「わけもわからず、ただ手を振ったのは覚えているよ」。その感激を胸に、藤田氏は新たな決意を固めた。
「日本に帰ったら、夜11時に始まる豪華な番組を企画しよう!」