映画「ATOM」公開記念 特別企画

2009年10月20日

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肌身で感じた日米のギャップ

 翌日、「NBCが日本のアニメーション番組『鉄腕アトム』の放映権を買った」というニュースが流れた。藤田氏は自社のメーンバンクのニューヨーク事務所に報告し、手塚氏に支払う契約金の用意を依頼したが、担当者にはこのニュースの価値が理解できないらしく反応は薄かった。

NBCと『鉄腕アトム』の契約。手塚治虫氏(右)と藤田潔氏(左)

 ところが翌日、アメリカの銀行がホテルに押しかけてくると、「ミスター・フジタ、おめでとう! NBCと契約できるなんて素晴らしい。お金が必要ならいくらでも貸すから遠慮なく言ってくれ」と申し出があった。アメリカの銀行から融資を受けるリスクが読めずこの時は断ってしまったが、ソフトビジネスに対する日米の反応のギャップに、藤田氏は愕然としたという。

 売り込みが成功してほっとしたのも束の間、新たな問題に直面する。仮契約は結んだが、アメリカで正式な契約を結ぶ方法がわからない。ニューヨーク駐在の映画会社の知人に相談したが、「買ったことはあるけど、売ったことはないからわからない」と言われた。「まるで漫画だろ?」と藤田氏は笑う。それほどアメリカに日本の番組を売ることが非現実的な時代だったのだ。

「僕はずっと、人がやっていないことをやりたいと思ってきた。メーカーが新製品を開発するように、僕たちメディアに関わる人間も、新しい仕組みを考えることが重要なんだ」。

 人がやっていないことをやる。言葉にするのは簡単だが、実行するのはそれほど容易ではない。しかし、藤田氏の紡いできた歴史に目を向ければ、そんな先駆者としての足跡がびっしりと刻まれている。

『マスターズ』の衛星生中継

 今ではもう当たり前になっているが、深夜や早朝の海外スポーツの生中継は、藤田氏の弟(敦氏)の提案で1976年に始まった。「スポーツの醍醐味は先の読めない緊迫感にある。生中継でなければそれが伝わらない」。当時、毎日放送の東京営業部長をしていた敦氏はそう考え、ゴルフの『マスターズ』の生中継を兄に提案した。

 弟から提案を受けた藤田氏が、TBSに話を持ちかける。「朝4時から放送を始めます」と言うと、編成や営業の担当者から「そんな時間に誰が見るんですか」と反論された。しかし、藤田氏は広告枠のすべてを買い切るという莫大なリスクを背負うことを決め、TBSでのマスターズの生中継がスタートした。

 今では、メジャーリーグ、セリエA、F1グランプリ、世界陸上など、深夜から早朝にかけて生中継されるスポーツ番組は数え切れない。注目度の高い試合の翌日は、きまって寝不足のビジネスマンを大量発生させる。敦氏が考えたとおり、スポーツの生中継が放つ緊迫感は今、多くの人々の心を魅了している。

深夜のワイドショー『11PM』誕生秘話

 深夜のワイドショー番組『11PM』(イレブン・ピーエム)をご存知だろうか。1965年から1990年まで放送されたこの人気番組も藤田氏が企画したものだ。そして、その発想の原点をたどると、『鉄腕アトム』をアメリカに売り込んだ話へと舞い戻る。

 手塚氏を連れて再び渡米し、NBCとの調印式を終えた藤田氏は、NBCの社長から『トゥナイトショー』という番組をぜひ見てほしいと言われ、手塚氏とともにスタジオに案内された。『トゥナイトショー』は夜11時から始まる生放送の豪華なバラエティニュース番組だった。

 当時の日本では、夜の11時にはどの局も放送を終了していた。「アメリカは違うなぁ。夜遅くからこんなに豪華な番組が始まるんだ」と感心して見ていると、突然スポットライトが自分たちに向けられた。司会者が『AstroBoy』の作者として手塚氏を紹介し、藤田氏の名前も呼ばれた。盛大な拍手が二人を包む。「わけもわからず、ただ手を振ったのは覚えているよ」。その感激を胸に、藤田氏は新たな決意を固めた。「日本に帰ったら、夜11時に始まる豪華な番組を企画しよう!」。

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