2024年11月22日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2016年2月14日

 私がテントを畳んで荷物を自転車に積み込んでいると、隣の数組の家族が火を囲んで食べ始めており私を手招きする。「沢山つくったからぜひ食べてください」と鍋からチゲをよそってくれる。ソーセージやジャガイモなど具だくさんのチゲである。ピリ辛で旨い。プデ(部隊)チゲといってソーセージ、コンビーフなど米軍の放出食糧を野菜と一緒に煮たことが起源であり、簡単につくれるのでキャンプの定番となったようだ。食べ終わるとフランクフルトを差し出してくる。大邱(テグ)から来た友人家族同士という。皆さん自営業のようなので「社長(サジャン)ですね」というと大喜びである。男たちは朝からビールや焼酎を飲み始め私にも勧めてくれたが流石にお断りした。

 お礼を述べて最後に記念写真を撮った。念のため二回シャッターを押した。後で確認してみたら2枚とも二人の男性はそっぽを向いており笑っていない。思い返せば何人かの男性や奥さんは積極的に食べ物や飲み物を勧めてくれたが、まったく会話に加わっていない人たちがいたことを思い出した。やはり心の底で反日感情を持っている人たちはこのような場合でも冷ややかに私を見ていたのだろうか。それとも私の思い過ごしなのだろうか。

公園の東屋で自転車夫婦とハビエル君(左端奥で寝袋から顔だけ出している)

「日本人は聖堂で無礼な振る舞いを
してよいと学校で教わるのか」

 午後3時頃“道東書院”という李氏朝鮮時代の儒学校に立ち寄った。大きな敷地の庭園の古木が美しく歴史を感じさせる。少し高台にある書院から洛東江が見える。書院は木の床であり磨き抜かれている。中はかなり広く数組の韓国の観光客が思い思いに座ってお菓子を食べたりジュースを飲んだりおしゃべりしたりとくつろいでいる。

 私も書院の隅の風通しの良い場所に座っていたが、次第に眠くなり壁にもたれてうつらうつらしていた。そのとき突然「日本人は・・・学校で教わっているのか」という目下の人間を叱りつける調子の男の声が響いた。私のハングル語学力では「・・・」の部分は聞き取れなかったが、日本人は私だけなので私を叱責しているのは間違いない。男は50歳くらいであろうか背が高く目つきが鋭い。

 “韓国人が崇敬する儒学の聖堂で居眠りする礼節をわきまえない日本人”という侮蔑を露わにした傲慢な表情で挑んで来る。年長者の外国人である私に対するこの男の無礼な振る舞いに私は憤怒した。看過できない非礼である。些細なことで揚げ足を取って私の体面を汚して日本人の国民性を貶めようという悪意に満ちた“言いがかり”だ。江戸時代であれば即座に抜刀して切り捨てるところである。

 私はスペイン人のハビエル君がここで同じことをしたらこの男はきっと“外国人が疲れて寝ているからそっとしておこう”というむしろ好意的な対応をしたのではないかと思った。或いはつとめて丁重な態度でハビエル君が理解できるように英語か簡単な韓国語で「ここはキリスト教会と同じですよ」と穏やかに諭したのではないか。

 居丈高な反日男に対して言葉を尽くして相手の非礼を諭すだけのハングル語学力は残念ながら持ち合わせていない。それに下手にハングルで対応すれば、この男の思うつぼであろう。周りの韓国人を味方につけるべく滔々と論じ立てるに違いない。

 ここは明瞭で毅然とした態度を保ちつつ“即時撤退”すべきと瞬時に判断。しかし、その場に居合わせた他の韓国人は男の韓国語の叱声を聞いているので黙って引き下がっては“野蛮(教養のない)な日本人が非礼を働いた”と誤解することを懸念した。


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