ここで気がつくことは、軍は少なくとも1人の副大統領を自動的に選任することができるということである。ここにも軍の政治への関与が窺える。なお、大統領及び副大統領の選任資格の中に、本人、配偶者又は子供が外国籍であってはならない旨の定めが置かれている。アウン・サン・スー・チー氏の夫であった故マイケル・アリス氏はイギリス国籍であり、彼女の子供たちもイギリス国籍である。そのため、彼女は大統領及び副大統領になる資格を有しない。
余談となるが、ミャンマーにはファミリーネーム/姓が存在しない。したがって、ミャンマー人の名前は、その全てがファーストネーム/名である。伝統的には2音節までの名前が多かったが、近時は3音節や4音節の名前も増えている。例えば、アウン・サン・スー・チー氏は、4音節の名前である(Aung San Suu Kyi)(ミャンマーでは、Kyは日本語とは異なり「チ」と発音する。したがって、東京(Tokyo)は「トーキョー」ではなく「トーチョー」となる。
筆者は、ヤンゴンに住み始めたころ、タクシーに乗って日本から来たと答えた際、何度か「トーチョー、トーチョー」と話しかけられ、ミャンマーでは東京都庁が有名な建物なのかと勘違いしたことがある。)。アウン・サン・スー・チー氏は、かつて建国の父と呼ばれたアウン・サン将軍の長女であるが、アウン・サンが彼女の姓という訳でない。あくまで、父と同じ名前を持つということに過ぎない。
憲法改正の可能性
完全な民主化を、軍の関与が国政から完全に排除された状態だと考えれば、選挙により政権交代がなされても、実はまだ完全な民主化には大きな隔たりがある。そこで、アウン・サン・スー・チー氏が強く求めてきたのが憲法改正である。近時は、日本においても議論されることの多い憲法改正だが、日本では、総議員の3分の2以上の賛成と日本国民の過半数の承認が必要とされる。
ここミャンマーでは、憲法改正には、原則として全議員の4分の3を超える賛成が必要とされている。ここでポイントなのは、4分の3以上ではなく、4分の3を超える賛成が必要な点である。4分の3以上であれば4分の3が含まれるが、4分の3を超えるということは、4分の3は含まれない。先にも述べたが、ミャンマーの両院は、その4分の1が軍の最高司令官によって選任され、残りの4分の3が選挙によって選出される。
したがって、仮に選挙によって選出された全議員が改憲に対して賛成しても、改憲に必要とされる議決要件には届かないのである。改憲を行うためには、軍の最高司令官によって選出された議員のうち少なくとも1人以上が、改憲賛成派に回らなければいけないが、改憲が軍の政治関与を奪うものである限り、それが極めて難しいことは容易に想像がつくであろう。
大統領の任期は5年間である。ミャンマーが、完全な民主化を果たせるかは、これからの5年間にかかっているといえる。NLDが政権与党となり、ミャンマー経済が後退してしまっては、軍部派議員が改憲へと踏み切る可能性はゼロに等しい。アウン・サン・スー・チー氏は、今後はミャンマーを導く具体的な政策を示していかなければならない。これまで民主化の旗印として、ある種のシンボル化していたアウン・サン・スー・チー氏が、「政治家」としての手腕を有しているかどうかが、ミャンマー民主化の未来を決めるといっても過言ではない。
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