とはいえ、本来ならば、台湾こそが中国の真の「核心的利益」であったはずである。もしも、中国が南シナ海や東シナ海で問題を起こしておらず、日米や周辺諸国とも良好な関係を築いていたなら、中国は台湾に対し、もっと深刻な圧力をかけていたかもしれない。経済交流を増やし、台湾の対中経済依存を深めることにより、中台統一を段階的に進めていくという方針が、ある意味うまくいかないということが証明されたのである。平和的統一は効果がないので軍事的圧力を増やすべきだと、強硬派が言い出してもおかしくない。
しかし、既述のように、中国には他に優先させなければならない問題が山積みである。「核心的利益」を曖昧に拡大してしまったせいで、本来の核心的利益である台湾問題に十分なコストを割けないという、中国にとっては皮肉な状況になっている。
日台関係への影響
蔡英文は、台湾アイデンティティーの重視と、中国を刺激しすぎないよう中台関係の安定を保つという目標の間で厳しい舵取りを迫られることになる。もっといえば、経済の安定と成長こそが、支持率を維持する上で最も重要となるが、その点からも、中台関係の緊迫化は避けなければならない。立法院で民進党が過半数を大きく超える議席を獲得したことは、政権運営をある程度楽にする側面もある一方、民進党内で独立を強く主張する勢力から、両岸安定志向について突き上げを食らう懸念もある。
外交では、蔡英文政権は日米との関係強化を望むだろうが、中国を挑発することは避けたいと考えているため、あからさまな安全保障協力などは進まないだろう。しかし、たとえばサイバーセキュリティに関する協力や、非軍事の海上安全、環境保護、災害協力は進む可能性があり、日本としても積極的に取り組むべきだ。また、尖閣(台湾では釣魚台)に 関する台湾の主張は変わらないものの、この問題を大きく取り上げた馬英九政権に比べ、なるべく問題を大きくしないようにするのではと期待される。
蔡英文のブレーンの一人である民進党秘書長・呉剣燮氏は、選挙後に訪問したアメリカで、新政権は環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を望み、日米にも後押しをしてほしい旨を訴えたが、日本は積極的に応えるべきだろう。さらに、安倍政権が本気で日台の協力促進に取り組むつもりがあるなら、これまでも専門家などから提案されてきた案—日台間の政治・経済交渉などで日本から派遣される官僚の地位格上げも検討すべきだと考える。
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