定年バックパッカー海外放浪記

2016年3月27日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

 「もちろんインドでは政治のリーダーや知識人、すなわち上層階級はカースト制度の非合理性を認識しているし、身分制度を廃止するべきという議論は以前からある。しかし有権者のかなりの部分を占めるカースト制度の下の階級が猛反対しているんだ。低い身分の民衆は政府から補助金をもらったり様々な世俗的な優遇政策の恩典があるので身分制度の存続を望んでいるからだ」

 ビールがなくなったので店に行ってさらにビールを2本ずつ買ってきた。

ダライ・ラマとイスラム過激派

 カースト制度がヒンズー教に由来していることから話題は宗教に移っていった。青年自身はヒンズー教徒であるが、ヒンズー教の根本には輪廻転生思想があり仏教と共通の基盤があるとの説明。したがって、ヒンズー教徒は一般的に仏教に対しては融和的であり仏教徒は兄弟という感覚なのだという。

 青年はダライ・ラマに二度面会したことがあるという。ダライ・ラマは北インドでは広く尊敬の対象となっており青年が10歳の頃に父親に連れられてダライ・ラマに面会した。父親に何かを諭し、青年にも「素直な心で沢山のことを学びなさい」というような言葉を授けたという。そして青年が成人して数年前の25歳のときにダライ・ラマに再度面会することができたという。驚いたことにダライ・ラマは青年の名前も前回の面会の日時や話した内容もすべて覚えていたという。当然大人になって子供のころとは顔かたちが変わっているがダライ・ラマは青年の手を握った瞬間に彼を識別したという。

 青年はカリスマ的な霊能者としてのダライ・ラマを勿論崇拝しているが、ダライ・ラマは開かれた宗教哲学を提唱しており思想家として尊敬しているという。ダライ・ラマは全ての宗教を認めて対話による融和・共存を理想としてそのための活動を実践しているという。私はフエで知り合ったフランス女子ニーナ(第5話参照)の手首の入れ墨、PIDIの話をした。青年はユダヤ教も仏教もヒンズー教も普遍的な価値観を共有していると語った。

 ダライ・ラマはイスラム教徒にも積極的に対話を呼び掛けているが、青年自身はイスラム教徒を不倶戴天の敵であるとしてイスラム教徒との対話そのものを断固否定した。北部インドはイスラム教徒もおりイスラム文化の影響が残っているが、青年は「自分自身や家族がイスラム教徒の狂気を経験しておりイスラム教徒を許せない。彼らとの和解や融和はあり得ない」と繰り返した。さらに青年は「コーランが聖戦をイスラム教徒の聖なる義務としている限り、未来永劫にイスラムに名を借りた残虐行為はなくならない」と冷徹な分析を披露。

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