予想に反して冷静なフィリピン市民
こういった連日の報道とは裏腹に、マニラ首都圏は予想に反して静かだった。街の声を拾っていくと、天皇訪比を「知らなかった」と答える市民も多く、知っていたとしても訪問の目的を「両国の経済関係強化」と解釈する回答が目立ち、熾烈な戦闘の傷を癒やすという天皇の真意が伝わっていたかどうかは微妙だ。第64回ミス・ユニバース世界大会で優勝したフィリピン代表の凱旋パレードが同時期に重なったのも影響したようだ。
象徴的だったのは、天皇、皇后両陛下がフィリピンに到着される当日、マニラ空港周辺の沿道や宿泊先のホテルで待ち構える市民の姿がなかったことだ。ちょうど1年前、ローマ法王が来比した際に集まった信者たちの光景とは対照的で、これには日本の一部報道陣も戸惑っていた。
つまり盛り上がっているのは、日比の報道陣と在比日本人、日系人社会などといったコミュニティーだけで、フィリピンの一般社会では「それほど気にされていない」というのが現場の空気感だ。
終戦直後は「日本」と聞くだけで憎悪の念が生まれた対日感情。しかしそれは1956年の日比国交正常化、その6年後の皇太子夫妻の訪比を転機に少しずつ和らいだ。やがて両国の民間交流も活発化し、日本の政府開発援助(ODA)や日系企業による投資などの積み重ねを経て関係はさらに改善し、時代の移り変わりとともに戦争の記憶はフィリピン人の中でも薄まっていった。
今回の天皇訪比に対してそれほど反応しないフィリピン市民の感覚は、「無関心」という決してネガティブな側面はなく、逆に反応する必要がなくなったという意味において日比関係が成熟していることの裏返しなのかもしれない。
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