2024年11月21日(木)

対談

2016年2月23日

飯田 「田舎に住んで畑を耕して、夜は本を読んで質素に暮らせればそれでいい」という非成長的な志向もまた、高い文化資本のたまものであることがほとんどなんですよね。高度成長期から、それこそ私たちが育ったバブル期までは、自宅に百科事典や文学全集を揃えるのがステータスでした。でもそれは食うに困らない物的資本があることの裏返しで、そこで育った子にはその得難さは理解しにくい。そして、こういう有形無形の文化資本は、社会的な再分配がとても難しい。

井上 親から子へ受け継がれるものを取り上げて、別の誰かに渡すということができませんからね。

飯田 華僑やユダヤ系の人々が子どもの教育を重視する理由は、政治体制が変わっても取り上げられないからだという話を聞いたことがありますが、それだけ再分配されにくいということですね。

井上 今後の教育改革でどうなるかわかりませんが、日本はまだ点数さえ取ればどこの学校でも入ることができます。でもアメリカのアイビーリーグやフランスのグランゼコールなどは、文化資本がないととても入れないような選抜方法を採っています。どの家庭に生まれるかで受けられる教育レベルが決まってしまっていて、社会階層もほぼ決まってしまう。高い教育を受けられなければ、クリエイティブ層に行くことはかなり難しいでしょう。

飯田 文化資本による分断、大分岐ですよね。家庭ごとの文化資本の差は、日本でもどんどん広がっている気がします。年少時から海外のサマースクールで語学を学ばせるといったことも流行っていますね。

井上 子どもの早期教育に国がお金を出してくれれば、まだなんとかなるでしょうけど、やらないでしょうね。

飯田 もっといえば「学校くらいは真面目に行っておいたほうがいいよ」というのも文化資本で、それさえ欠けているとかなり厳しくなってしまいます。ペーパーテストも高成績で、文化資本も高いスーパーエリート層は、海外の大学に行ってしまう。成績か文化資本のどちらかでもあれば、広義のクリエイティブ層にはなんとか入ることができるでしょうが、どちらもないと厳しい。そして学力も文化資本も、代を重ねるごとにどんどん持っている層に集中していってしまうので、お金がないと階層移動はどんどん難しくなってしまいます。

「エリート学童保育」はなぜ生まれたのか

 そのことに気づいてしまった人たちも少なくありません。そのひとつは教育ビジネスです。学位を持っている外国人語学教師や、東大・一橋・早慶クラスの修士号以上でTOEFL一定成績以上の「保育士」を揃えた学童保育、などといったビジネスモデルがすでに存在しています。小学生から英語でディスカッションをさせたり、書籍やDVDもハイクラスのものを揃えている。でも受験勉強はまったく教えないそうです。

井上 徹底していますね。あくまでも文化資本だけを提供する、と。

飯田 これまで日本では文化資本は教育ビジネスにならなくて、ほぼ受験産業しかなかったのですが、現時点で金銭的資本を持っている層は、今後は文化資本が生命線になることに気づいている。

井上 難しい状況ですね。日本でうまくいくかどうかはわかりませんが、フィンランドのように教師資格要件のひとつが修士卒といった形で、すべての子どもが高い文化資本にアクセスできるように保証するのがひとつの手でしょうか。

飯田 たとえばスウェーデンは男女間の労働格差をなくすために、公共セクターで女性の雇用を優遇する政策を採りましたよね。ある程度の文化資本をつけていれば相対的に高賃金の職に就けるという状況が女性の社会進出ルートを作り、そのルートに乗った女性が次の世代に文化資本を継承していく。公教育や労働政策により文化資本を再分配することは、とても重要な課題だと思います。家庭単位での公平な再分配は難しいので、学校や学童にいる時間を長くすべきだとおっしゃる研究者もいます。それくらい文化資本を均等にすることは難しいということですね。

 

井上智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部講師。慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に、『新しいJavaの教科書』、『リーディングス政治経済学への数理的アプローチ』(共著)などがある。

飯田泰之(いいだ・やすゆき)
1975年東京都生まれ。エコノミスト、明治大学准教授、シノドスマネージング・ディレクター、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書に『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

  
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