母子手帳のもつ無限の可能性
UNRWAではパレスチナ難民向けに電子母子手帳の開発を進めている。ヨルダンでは近年、IT化が進んでおり、ヨルダン在住のパレスチナ難民女性たちの約8割がパソコンまたはスマートフォンを持っているとのことである。ヨルダン国内にあるUNRWAの診療所ではすでに電子カルテが導入されていて、母子手帳に記載する周産期や子どもの成長記録も、電子カルテで管理されている。母子手帳を電子化すれば、これまで医師や看護師が手書きで記入していた必要情報を電子カルテから電子母子手帳に自動的に記載することができ、業務が効率化される。また、予約リマインド機能を搭載することで産前、産後、乳児健診の受診率向上も期待できる。
電子化と紙の母子手帳のメリット、デメリットについては、今後UNRWAでの試行により徐々に明らかになるものと期待される。双方の良さを最大化するためには併用が望ましいのかもしれない。いずれの形式にせよ、個人が保健情報を持参できることのメリットは計りしれない。
私たちは今、母子手帳がパレスチナ難民以外の難民支援にも広く活用されることも期待している。
国境を越え移動する難民にとって、母子の健康を継続的に管理することは非常に難しい。子どもの健やかな成長のためには、予防接種や胎児期・出生直後の健康状態を踏まえた保健医療や栄養対策を、適切な時期に受診することが不可欠だ。
日本では地方自治体が、もれなく、健診のお知らせでその時期を知らせてくれる。しかし国を超え移動する難民たちは、母子保健を支援してくれるはずである国や地域からは切り離されてしまう。必要な健診や予防接種を受ける保障はどこにもない。そこで、母子手帳を導入すれば、移動先の国でも、継続的に予防接種や栄養対策などを受けることができる。
母子手帳に記載された予防接種や感染症の既往の記録は、生涯にわたり健康記録として有効な証明となり得る。さらに、言葉も通じない国で、家族や地域社会からの支援もなく妊娠、出産を迎える母親にとって、母子手帳に書かれた母国語での健康教育情報は、心身の健康の命綱ともなるだろう。受け入れ国にとっても、難民の健康管理を行うことは、本国国民の公衆衛生の維持や医療費の削減につながり、一石二鳥だ。
母子手帳を文字通り「生命のパスポート」として国際社会が認知し、母子手帳の記録に基づき、国を超えて移動しても適切な医療が受けられるよう、国際社会が保障すれば、多くの母子の生命が救われることだろう。