毎年615万人の「不必要な死」。それを一人でも多く、一刻も早く救うために、私たちは何ができるだろうか?
人は、住み慣れた家を追われ、国を追われたとき、何を持ち出すだろう?
アベーサは、20歳のパレスチナ人である。戦争で二度棲家を追われた一児の母である。パレスチナの戦乱を逃れダマスカスの難民キャンプに落ち着いたのも束の間、シリアの戦禍を避け再び「難民」(二重難民)となった。10カ月の乳飲み子を抱え、ゴムボートで地中海を渡ったアベーサの持ち物は手提げ鞄ひとつ。中身は、靴下が1足、帽子、1ビンのベビーフードなど子供のものばかり。
世界が注目した1冊のノート
水がかかっても大丈夫なように丁寧にビニールで包まれた1冊のノートに世界が注目した。それは、日本が国際協力を通じて、パレスチナに広めた母子手帳である。さらに国連の協力を得て、難民キャンプにも普及されるようになった。
アベーサは、「ほかのものは無くしても人が与えてくれるか、再び努力して得ることができる。しかし、この手帳に書かれている記録は無くしたら二度と手に入らない」という。
そこには、産前産後の検診や、赤ん坊の予防接種、成長の記録、妊婦としての注意事項、母子が受けなければならない検診の内容やタイミングがコンパクトに記載されている。アベーサにとって、その手帳は、子供を守るための「命のパスポート」である。幼子を抱える多くの母親たちが、この手帳を大事に抱えて、国境を越えている。
アベーサの話は、今年の国連総会での安倍晋三総理演説においても詳しく言及された。1948年、世界で最初に母子手帳を生んだのは日本。世界最高水準の母子保健指標を日本が達成することに大きく貢献した。母と子の保健データを統合し、さまざまな種類のカードに分散して記録されていた保健データを1冊にまとめた。母子手帳を母親自身が所持することによって、母親の責任と自覚を生んだ。
世界では毎年、今日本で配布されている100万冊の8倍、800万冊の母子手帳が、30カ国を越える国々で配布され活用されている。過去25年の間に、妊産婦と乳幼児の死亡率は、約2分の1に激減した。しかし、今、この瞬間も、5秒に1人の乳幼児の命が奪われている。世界では毎年、1億4000万人の命が生まれ、そのうち630万人は、5歳の誕生日を迎えることなく死亡している。また、29万人の女性が出産後の出血や危険な人工妊娠中絶などで命を落としている。もし、世界中の妊婦が日本と同じ状況で出産をし、日本と同じ状況で子育てをすることができたなら、毎年失われている妊産婦と子供、660万人の命の93%以上、つまり、615万人以上の命が救われることになる。