2024年7月14日(日)

裏ななつぼし旅

2016年3月20日

 

那智駅前のバス停 ©Naonori Kohira

 午後三時半、おバカ二人組は再び那智駅にいた。今日はとことんおバカをきめこんで、列車の時間まで駅前のベンチでのんびりする。昨日、伊勢では雪が舞っていたのに、今日は打って変わって暖かな陽気。まさに春真っ盛りという感じだ。日当たりのいいベンチに腰を下ろしていると、身体も脳もとろけてしまいそうだ。こんな無為の時間、日常ではなかなかもてない。小さな失態が、思いがけない恵みにつながるのも、気ままな旅の良さである。

 白浜までは二時間余り、長閑な普通列車の旅を楽しむ。湯川、太地、古座、串本と、美しい海、美しい海岸線がつづく。こういうところこそ、普通列車でゆっくり行きたいものだ。明るい海と砂浜に、南国らしい暖かな日差しが溢れている。ぼくは安物のデジカメを駆使して、車窓から何枚も写真を撮った。このあたりは岩と岬、小島の感じが独特で、つい下手な写真にも意匠を凝らしたくなる。それにしても、ローカル線に乗るたびに感じるのは、中学生や高校生など、地元の若い人たちの生気のなさだ。車内で元気にしゃべくっているのは年寄りだけ、若者はたいていスマホをしているか、通路に足をベロンと投げ出して寝ている。それが日常的な光景になっているのは、ちょっと寂しい。

白浜海岸の絶壁の上から 片山氏(左)、小平氏

日本の駅前を救え! 

 もっと寂しいのは、駅前のさびれ方だ。これは現在、日本のローカルな街で、ほぼ例外なく言えることである。白浜のような観光地でも、駅前は目を覆いたくなるほどさびれてしまっている。みんなマイカーや、観光バスでやって来るのだろう。ぼくたちみたいに、普通列車でちんたら来る者は少数派だ。それにしても、列車から降り立って最初に目にする光景が、シャッターの下りた店、テナントの入ってないビル、広告主のいない広告塔というのでは、あまりにも寂しい。日本の駅前を救え! 心ある国会議員は、超党派で「日本駅前党」をつくってほしい。

 もう少し敷衍して考えるなら、こうした駅前のさびれ方には、現在の日本の社会が抱える構造的な問題が象徴されている気がする。それは一言で言うなら、一次産業(農林水産業)の軽視=切り捨てということだ。とくに農業は、日本のローカルを支える基幹産業であった。たしかにGDPで見れば、一次産業の生産額は二パーセントに満たないかもしれない。しかし地域の関連産業を生み出すベースになっているのは、農業をはじめとする一次産業であるはずだ。

 たとえば美味い食材があるから、ぼくたちみたいなくいしん坊がやって来る。農林水産業によって守られてきた美しい海や山、田んぼといった景観に惹かれて人が集まる。そこに観光業が生まれ、加工業が生まれ、輸送業が生まれる。商店街や地域のコミュニティが形成されていく。ところがTPPに見られるように、戦後の日本は一貫して自国の農林水産業を切り捨ててきた。「過保護」だと言われる日本の農業保護度は、先進国の水準から見ればかなり低いのだ。

 フランス、イギリスなどのEU諸国では、農業所得に占める補助金の割合が九十五パーセントくらいである。食のグローバル化を進めるアメリカだって、自国の農業だけは補助金などによって手厚く保護している。日本だけがアメリカの言うなりに、自国の農業を潰そうとしている。そのため国際社会では「WTOの優等生」と揶揄されるほどだ。


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