2年前の区議選でマーティンさんら7人のUKIP区議が一気に当選した。その前の区議選では議席ゼロだったから大躍進である。無制限に移民が増えることに反対していたUKIPに票が集まったという。ヘイバリング区を訪れた日、マーティンさんらUKIPと他会派の仲間が5カ所でEU離脱を訴えるチラシを配っていた。
「このままだと私たちはアイデンティティーを失ってしまいます。若い世代はそれが分からないから、私たちが訴えているのです」。
メンバーはみな、マーティンさんと同じ白人のお年寄りだった。移民排斥や外国人嫌いというより、「これ以上自分たちの街が変わってほしくない」「自分たちは変わりたくない」というノスタルジーを強く漂わせていた。外来種に駆逐され、絶滅する恐れがあるイングランドの赤リスを救え!という運動が思い浮かんだ。マーティンさんらの主張は「懐疑」というより「懐古」主義と表現した方が適切だ。
こうした世代はこれまで保守党を支持してきたが、ユーロ危機でEUの構造問題にスポットライトが当たってからUKIPに票が流れるようになった。ヘイバリング区の目抜き通りではUKIPと、保守党内の離脱派が向かい合ってEU離脱を訴えていた。
5月5日のロンドン市長選に保守党から立候補していたゴールドスミス下院議員(41)がいたので、「市長選でもEU離脱を訴えているのか」と尋ねてみた。ゴールドスミス氏は「私はEU離脱派だが、市長選では争点が異なる」と半身の構えを見せた。しかし周りには「離脱」のプラカードを持った運動員が2人も同行していた。EU残留派が圧倒的に多いロンドンで離脱派の候補が市長選を戦うなんて保守党も液状化が相当進んでいる。
結局、労働党のカーン下院議員(45)がゴールドスミス氏に大差をつけて当選した。カーン氏の両親はパキスタン系移民で、非白人、ムスリム(イスラム教徒)のロンドン市長は初めて。EU加盟国の首都でも初のムスリム市長となり、「ロンドンに初のムスリム市長誕生」というニュースは世界中に大きな波紋を広げた。