2024年12月26日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2016年6月6日

 上記は、現下のイラクの政治危機について、米国の取るべき対応について述べた論評です。基本的に、アバディ首相の改革路線を支援すべきであるとの主張です。常識的なラインであり、また米国としては現状ではそれ以外の選択肢は無いのかも知れません。しかしながら、下記に述べる通り、イラクの政治構造、政治状況は極めて複雑であり、テクノクラート内閣が出来ればクリーンな効率的政府樹立に向けての改革が成功するほど甘いものではありません。

 現在の政治システムは、シーア、スンニ、クルドの主要3派の全ての政治勢力を基礎にした所謂「大政翼賛」的なものであり、この現実を無視した改革は理論上いかに理想的なものでも実行できません。また、首相の地位は議会の任命、信任に基づくものであり、議会の多数勢力と決定的に対立することは政権の崩壊を招く恐れがあります。

 今回の政治危機の端緒はシーア派内の反米強硬派・サドル派による反腐敗、効率的政府樹立を要求した大衆行動ですが、これはシーア派内の権力闘争(サドルに代表される新興勢力対既成勢力)の側面が強く、首相はこの両者の間に立って極めて難しい政権運営を強いられています。同時に閣僚の任命権限についての首相と議会内政党との権力闘争という側面も見逃せません。首相の行動が余りにサドル派よりと見做されれば、自らの政党内において排除される恐れもあります。なお、非サドル系のシーア派既成政党グループ内でも宗教政党系、世俗系、マリキ前首相系、非マリキ系と入り乱れており、合従連合の動きを読むことを難しくしています。

影響力を強めるイラン

 米国の影響力は、米軍全面撤退前とは比較にならないほど低下しており、相対的にイランの影響力が増大しています。従って、米国よりもむしろイランが最終的に誰(どの政治勢力)を支持するかの方がより重要になっています。現状ではサドル派はイランと距離を置き、他のシーア派既成政党(特にマリキ系)は親イランとされていますが、これも流動的であり、イランがイラクの安定とイラク各政治勢力との関係をどう考えるかによって今後変わり得ます。

 クリーンかつ効率的な政府を作るというアバディ首相の政策の方向性は間違っていないとしても、そのやり方として、サドル派(及び大衆)の要求をカードとして既成政党をうまく誘導し、周到な根回しにより、一定の譲歩を獲得していくというような政治的したたかさが求められているのではないかと感じますが、同首相の今後の手腕に注目したいと思います。
 

  
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