ネット炎上のかけらを拾いに

2016年8月2日

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障がい者支援団体が匿名報道に疑義

 アルジェリアの人質事件がそうだったように、これまでの事件や事故でも、匿名を望んだ遺族や関係者はいただろう(結果的にアルジェリア人質事件では実名報道が行われた)。しかし、これまでほとんど匿名報道が行われず、今回に限って匿名報道が行われたのは、障がい者に対する差別が我々の社会にあるからに他ならない。たとえば、家族に障がい者がいることを理由に交際相手の家族から結婚を避けられるといった差別。極端な例をあげれば、こういった差別があるからこそ、障がい者やその家族はこういった際に普通の人以上に名前を公表されたくない。そして警察は、その気持ちを「察して」特例措置を行った。

 今の世の中は、障がい者の家族にそう思わせる社会だということだ。多くの人が匿名報道を希望する時代であるなら、匿名報道に一考の価値があるのだろう。しかし、今回の匿名報道を行われたことについて、安易に「今後も匿名報道を行ってほしいですね」とドヤ顔をしているユーザーの気が知れない。障がい者差別を許している社会の構成員として、その一端に私たちはいる。未だに障がい者をタブーとして扱う存在にしてしまっているのは、ほかならぬ私たち一人ひとりだ。マスコミ憎しの匿名報道賛美ではなく、まずそのことを重く受け止めるべきではないのか。

 産経新聞の報道によれば、神奈川県内で障がい者支援を行う10団体が、「一般的に公表される被害者の氏名が、この事件に関して公表されないことは大きな疑問を持たざるを得ない」と訴え、偏見の払しょくを求める申入書を県に提出したという。

 このことについて、「遺族の要望があるんだから、匿名報道でいい。障がい者団体の指摘がお門違いだ」と言っている人たちは、どれだけ一面的にしか物事を見ていないのか。障がい者団体は「実名報道しろ」と言っているのではない。こうやって特例扱いされることに、世の中の偏見が凝縮されて表れている、それを考えろと言っているのではないだろうか。

  
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