「戦士・奴隷」の血を引くボルト
野球のメジャーリーグの選手たちは視力がものすごくいいとか、同じ身長の白人と比べると、黒人の重心(だいたいへそのあたり)は3%高い位置にあるとか、「目からウロコ」の話が、本書には満載だ。
<メジャーリーグとマイナーリーグの選手を四年以上にわたって検査した結果、総勢三八七人の平均視力は一・五だった。野手は投手より視力が良く、メジャーリーグ選手はマイナーリーグ選手より視力が良かった。メジャーリーグ打者の右眼視力は平均一・八、左眼視力は一・七だった。>
<重心位置が三%違うと、へその位置が高い選手(黒人)は走る速さが一・五%向上し、へその位置が低い選手(白人)は泳ぐ速さが一・五%向上する。>
イチロー選手の視力はいくつだろう? 日本人競泳選手は、余程へその位置が低いのか? などと疑問がふつふつわいてくる。
ほかにも、性差はどのように運動能力に影響するのかとか、ウサイン・ボルトやベロニカ・キャンベル=ブラウンらジャマイカのスプリンターたちは西アフリカから連れてこられた「戦士・奴隷」の血を引いているとか、同じアフリカ系でも長距離選手は東アフリカ、とくにケニアのカレンジン族に集中しているとか、興味深い話は枚挙にいとまがない。
社会要因や環境要因などが複雑にからみあう
一方、遺伝的要因が有利に働くこともあれば、不利に働き、選手の命さえ奪うこともある。本書には、不運な選手たちの物語も紹介されている。
トップ・アスリートの誕生には、遺伝的な要因のみならず、その国で何が人気種目であるかをはじめ、競技の歴史や伝統、文化的背景、高地居住などの立地条件、気候、トレーニング方法などの社会要因や環境要因が複雑にからみあう。
著者は、アスリートたちの成功や失敗の物語にこうした要因も見出しつつ、最終的には、遺伝的に適した体質の選手が適切なトレーニングを行って初めて成功できる、という結論にたどり着く。
成長に関する専門家であり、世界的なハードル選手でもあるJ・M・タナーの言葉を引いてこう言う。
「すべての人間が異なる遺伝子型を保有している。よって、それぞれが最適の成長を遂げるためには、それぞれが異なる環境に身を置かねばならない」と。
「最高のパフォーマンスを発揮するためには、それぞれの才能に合った努力の道すじを見つけることが決定的に重要である」という著者の言葉を肝に銘じて、とりあえずは試行錯誤の精神で、自分に合ったトレーニングを探し始めるとしよう。いくつになっても、「遅すぎるということは決してない」のだから。
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