オトナの教養 週末の一冊

2016年9月9日

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中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

ジャーナリスト

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など

 〈わたしもかねてより変だなと思っていた。あの大先輩の絵のミスを指摘していい気になっていると思われては困るので黙っていたが、絵の隅から隅まで穴のあくほど見ている森洋子はどうにも気になっていたようだ。わたし(安野)もデッサンのミスと考えるなら森洋子も納得できるというわけらしい〉

 〈で、複製画の上に人間の骨組みを描いてみて、「やはり変だ」ということになった。おもしろいことに、デッサンがしっかりしているはずの絵にふしぎなところがあると問題になるが、はじめから写実的な意味をもたないデッサンならそのふしぎさを指摘しても意味がない〉

まるで大きな美術館のよう

 登場する画家はバリエーションに富んでおり、有名なところではゴッホであり、ターナーであり、モネであり、スーラであり、この分野に詳しくなくても一度は目にしたことのあるような絵がいくつも並ぶ。日本の東勝吉などの画も含まれ、独特の存在感を示している。さらに「画家志望だった写真家」という章では、アンリ・カルティエ=ブレッソンの写真も紹介されている。筆者(中村)は初めて見たが、写真でありながら実に絵画的である点に驚く。アメリカの様々な市民生活を描いたノーマン・ロックウェルの作品も紹介されている。日米ともに大衆的な人気を誇っているという事情もあろうが、著者にとっても印象深い作品であることが筆致から読み取れる。

 〈ロックウェルの絵はそのどれも、登場人物たちが何を考えているかを描こうとしているかに見える。見る者は一種の謎解きをして、なーるほどそうだ、と納得する。小さい心の動きをこのように巧みにかき分けた例をほかに知らない〉

 本書の全編を通じて強く感じるのは、収録されている作品の一つ一つはもちろん、カバー装丁にいたるまで美しい色彩にあふれており、何度も色校正を重ねたことが推察される点である。著者と編集者の緻密で丁寧な仕事ぶりが垣間見える力作といって過言でない。著者の安野光雅氏の好きな画家たちが集まっている本ではあるが、実のところは本書を手に取り、目を通す多くの人を魅了する画家たちであり、その作品群である。気軽に手に取って読める一冊の本でありながら、様々な魅力が詰まった小さな、いや、とても大きな美術館である。

  
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