東日本大震災以降、自衛隊は海上輸送力の強化を進めてきたが、そこには二つの特徴が見られる。第一の特徴は『民間フェリーの安定的な使用』である。防衛省は2014年度以降に新日本海フェリーの「はくおう」(総トン数1万7354トン、トラック122両などを積載可能)と津軽海峡フェリーの「ナッチャンWorld」(総トン数1万712トン、トラック33両などを積載可能)を借り上げる年間契約を結び、契約期間内に自衛隊から輸送要請があった場合には72時間以内に船を出すことになっていた。
しかし、冒頭に述べたように北朝鮮のミサイルの発射に際して、この契約は機能しなかった。2016年3月にはフェリー会社などが出資する特別目的会社「高速マリン・トランスポート」が設立され、防衛省が同社から「はくおう」と「ナッチャンWorld」をチャーターする仕組みが構築された。そして、同年4月の熊本地震に際して「はくおう」が陸上自衛隊の災害派遣部隊を輸送し、早くもその仕組みが機能した。とはいえ、冒頭に述べた海員組合の姿勢を踏まえれば、災害以外の緊急時における民間フェリーの安定的な使用には不安が残る。防衛省は、災害以外の緊急時にはこれらのフェリーを非組合員の予備自衛官に操船させる計画と言われているが、十分な数の予備自衛官を確保できていない模様である。このため自衛隊は、民間フェリーの安定的な使用を追求するとともに、自前の海上輸送力の整備にも注力する必要があろう。
海上輸送に任ずる艦船の大型化
自衛隊の海上輸送力強化の第二の特徴は『海上輸送に任ずる艦船の大型化』である。東日本大震災以降、自衛隊が借り上げ契約を結んだ「はくおう」と「ナッチャンWorld」は総トン数1万トンを超える大型船である。また、2015年に就役した「いずも型護衛艦」(基準排水量1万9500トン)には輸送機能が付加されておりトラック50両を搭載可能である。このように、「おおすみ型輸送艦」(基準排水量8900トン)を含む自衛隊の海上輸送に任ずる艦船は大型化しており大量の物資、車両、人員等を輸送する能力は高まっている。
他方、「はくおう」、「ナッチャンWorld」及び「いずも型護衛艦」は搭載した車両を揚陸するために相応の水深を有する港湾の岸壁に接岸する必要があり、小規模な港湾しか有しない離島や僻地、あるいは地震や津波で被害を受けた被災地の港湾に車両を揚陸することはできない。こうした場合には、中型の輸送艇を海岸に直接ビーチングさせて車両を上陸させることになるが、現在、自衛隊でこれができるのは2隻の「輸送艇1号型」(基準排水量420トン)及び「おおすみ型輸送艦」に搭載して運用される6隻のエアークッション艇(LCAC)に限られる。
ちなみに自衛隊は、東日本大震災当時には上記に加えて海岸にビーチングできる「ゆら型輸送艦」(基準排水量590トン)2隻を保有していたが、同輸送艦は震災後に退役し、後継は導入されていない。したがって、離島、僻地、被災地等への海上輸送能力は震災当時よりも低下していると言わざるを得ない。このように、東日本大震災以降における自衛隊の海上輸送力強化の動きは一定の成果を上げているものの、不十分な面も残されている。