WEDGE REPORT

2016年10月22日

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午前9時、ファンを乗せた最初のシャトルバス到着

 9時にペイズリー・パークに到着した第1便のシャトルバスから降りてきたファンたちは、無事に念願だった場所を訪れることができた喜びと安堵の表情にあふれていた。それもそのはずで、10月6日の一般開放日の前々日の深夜、ペイズリー・パークのあるチャナッセンの市議会は「ペイズリー・パークのオープンによる周辺の急激な交通渋滞や観光客の増加を懸念し、開館による影響の調査が完了するまで公開を差し止める」との内容を決議したのだ。しかしオープンから1か月先までのチケットは販売済みである。この騒動は二転三転し、5日の午前中に市議会はとりあえず3日間だけのテンポラリーなペイズリー・パーク公開を認めることになった。

シャトルバスから笑顔で降りてきたファンたち。左の写真の女性がグロリア・ブラウンさん(筆者撮影)

 2マイルほど離れた場所にトランジット・センターが設けられ、ファンはそこでシャトルバスに乗りペイズリー・パークに到着するという、周辺住民に配慮した交通手段が取られることになり、このトランジット・センターの場所などはチケット購入者各人にメールで伝えられた。シカゴから8時間かけて母親と一緒に車でやってきたグロリア・ブラウンさんは、1カ月以上前に初日の最初のツアーのチケットを購入し、公開中止の知らせを聞いた時は言葉も出なかったという。この日シャトルバスから降りてきた人たちは、市議会によって繰り返された土壇場の変更に振り回されてペイズリー・パークに到着したファンばかりである。初日だけで数千人がツアーに参加しているという。10月21日、22日、23日はオープンが決まっているが、以降のスケジュールについては今後順次ペイズリー・パークの公式HP上にて発表されていくことになる。

プリンスの遺骨や数々のメモラビリアを展示

 小さなロビーに入るとその先にはカラフルな間仕切りがあり、さらに進むと自然光が射し込む吹き抜けのゆったりとした広間に出る。床には有名なプリンスのシンボル(日本ではラブシンボルとも呼ばれている)が描かれ、壁面にはゴールドディスクや写真が飾られている。この広間にはセラミック製のペイズリー・パークの縮尺模型が設置され、これは特別製の骨壷でプリンスの遺骨はここに埋葬されているのだ。このたびのパブリック・オープンに際し、広大な施設内の1階にあるレコーディング・スタジオ、ビデオ編集スタジオ、プライベートなパフォーマンスに使ったコンサート・ホールやリハーサル・ルームなどが公開され、ステージ衣装、楽器、バイク、受賞トロフィーなど多くのメモラビリアもテーマ別に展示されている。

スタジオAのコントロール・ルーム(photo courtesy of Paisley Park - NPG Records)

 スタジオAは『Lovesexy』 『Batman』『Diamonds & Pearls』『The Gold Experience』『The Black Album』そして『Sign O’ The Times』といった、プリンスの足跡のアイコンともいうべき多くの作品がレコーディングされたスタジオだ。コンソールにはプリンスのシンボルが刻印され、スタジオ内は彼が使用していた当時のまま保存されている。 コントロール・ルーム内にはプリンスが愛用したギターやキーボードとともに、直筆の手書きメモなども飾られている。彼は死の直前まで次回作となる予定だったジャズ・アルバムのレコーディングをここスタジオAで続けていたのだ。

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