オトナの教養 週末の一冊

2016年10月29日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 心の作用や身体活動によって、痛みの神経回路を弱めたり、特定の神経回路を強化したりする治療法に続き、第4章からは、電気、光、音などの刺激を用いて機能不全に陥った脳を覚醒させ、機能回復を促す方法が紹介される。

 「ノイズを発生させる病んだニューロンの健康状態の改善を助長し、さらにエネルギーと神経可塑性を動員する治療手段を用いて、生き残ったニューロンが同期して発火するよう、そして眠り込んだ能力が再覚醒するよう導く」アプローチである。

 たとえば、電気的刺激を与える小さな装置(PoNS)を舌にのせる方法では、300ミクロンの深さの感覚ニューロンが活性化され、それが脳神経を介して正常な信号を脳幹、および機能ネットワーク全体に送り出される。ネットワーク内のすべてのニューロンが、連鎖を介して、装置からの電気そのものでなく、いつもどおりの信号を順次受け取ることで刺激される。

ホメオスタシスを調節する神経ネットワーク

 「機能ネットワークは再度活性化し、神経可塑的な成長プロセスが始動する」というわけだ。
 この方法がさまざまな疾病に効果があるのは、それがホメオスタシスを調節する神経ネットワークの、全般的なメカニズムを活性化するからだという。これは、神経可塑性治療全般の基本的な思想ともいえる。

 <ホメオスタシスに依拠する脳の自己制御システムの巨大なネットワークを刺激する装置は、脳の疾病を治療するにはあまりにも非特定的であるように見えるだろう。要するに私たちは、疾病に明確な住所を持っていて欲しいのだ。そのため、巨大なネットワークの迅速なバランスの回復を支援する万能の介入法という考えは、いんちき療法、あるいはプラシーボ効果として簡単に見捨てられる。>

 <身体は全体として機能するがゆえに全体として治療されなければならないと考える生気論者と、個々の部位を侵すものとして疾病をとらえる唯物/局所論者は数千年にわたって論争を繰り返してきた。現在は後者が優勢であるが、実際のところ、どちらの側も重要な洞察を提示している。>

 著者が指摘するように、分析的、局所的な西洋医学と、全人的な東洋医学の両者を統合しようとする側面が、神経可塑性治療にはあるといえそうだ。

 西洋医学では受動的になりがちな病気や障害への対処を、自らの制御下に取り戻し、能動的に働きかける。それにより、脳と身体が本来持つ自己治癒力を最大限に引き出せる、と本書は訴える。

 患者でなくとも、脳を健康に保ちたいすべての読者に貴重な示唆を与えるに違いない。

  
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