さらにトランプの「転向」のきっかけになったのは、07年、プロレス団体WWEでの抗争だろう。『アプレンティス』で流行語になった「お前はクビだ!」はもともとWWEのヴィンス・マクマホン会長の決めゼリフだったことから、2人の確執が始まり、対決へと盛り上がっていった。
もともとトランプとマクマホンは盟友だった。トランプはマクマホンより1つ下。境遇も似ている。トランプの父はニューヨークのブルックリンの低所得者用集合住宅の建設事業で財をなし、マクマホンの父はニューヨークのローカル・プロレス団体のプロモーターだった。2代目の2人はそれを全米規模のビッグ・ビジネスに拡大した。早くから2人は親交を深め、88年、トランプがアトランティック・シティで始めたカジノ・ホテルで、WWF(当時)の年間最大のイベント「レッスルマニア」を開催してから、何度も提携してきた。
90年代後半、WWFは国民的な大ブームになった。荒くれレスラー、ストーンコールドことスティーヴ・オースチンがマクマホン会長の冷遇に反逆し、会社に反抗するレスラーたちと経営者側についたレスラーたちとの労使抗争へと発展したのだ。マクマホンはWWEの観客の過半数がワーキング・クラス(3割が世帯年収4万ドル以下)であることを熟知して、憎むべき経営者としてふるまった。
「ウチの客の9割はバカだ」と観客に向かって言ってのけ、札束で選手の頬を叩いて屈服させ、「お前はクビだ!」と権力を振りかざすマクマホンを観客は憎み、その下で戦うストーンコールドに共感し、彼が必殺技スタナーをマクマホンに食らわせると、文字通り飛び上がって喜んだ。同時に観客はレスラーの技を受けきるマクマホンという商売人を畏敬し、愛した。
そのマクマホンに彼以上の金持ちトランプが立ち向かったのだ。題して「バトル・オブ・ザ・ビリオネアズ(大富豪の対決)」。トランプはマクマホンよりも自分のほうがWWEをうまく経営できると言って乗っ取りを宣言した。
「私のほうが金持ちでハンサムで背も高いしな!」
WWEには脚本家と演出家がいる。現在のトランプの罵倒術はこのとき、WWEで学んだのではないか。
そしてトランプは会場の天井から客席に現金をばらまいた。これほど人を馬鹿にした行為もないが、観客は舞い散るドル紙幣を奪い合って熱狂した。