決着は、マクマホンとトランプがそれぞれ擁立したプロレスラー同士を戦わせるという奴隷戦士を決闘させるローマの貴族のような展開。さらにマクマホンがトランプの生え際不明瞭なヘアスタイルをからかって「負けたほうが丸刈りになる」というルールに決まった。試合はトランプが場外でマクマホンにラリアットをかましてなぜかKO勝ち。マクマホンはリング上でトランプのバリカンで髪を刈り取られ、WWEの株も買い取られた(というお芝居)。
この試合は当時のWWEでは最高の視聴率を記録したので、後にトランプはレスラーでもないのにWWEの殿堂入りをした。さらに、トランプはWWEをマクマホンに買値の2倍で無理やり買い取らせた。「安く買って高く売る」というトランプのモットーを示したオチだった。
ニューヨークの富裕層に生まれたトランプは、ブキャナンの選挙戦とWWEで初めて白人労働者層、いわゆるサイレント・マジョリティーの鬱屈したパワーに触れた。マーケティングの名手としてはこれを利用したい。なら、共和党しかない。共和党の支持者の9割が白人で、学歴や収入も民主党のそれに劣る、つまりWWEと同じ客層だからだ。
だが、トランプは慎重だった。まず12年の中間選挙で出馬を匂わせ、「オバマは本当はケニア生まれだから大統領の資格がない」と発言してみた。それはデマとして既に検証が済んでいるにもかかわらず、共和党支持者の過半数がそれを信じた。トランプは差別的デマで共和党員がどのくらい「釣れる」かをテストしてみたのだろう。テストは成功したが、トランプは出馬を取りやめた。ウォール街がバックにつくミット・ロムニーには資金力で勝てそうにないからだ。
そして15年、トランプは満を持して出馬した。ライバルの候補は史上最多の16人。だが、全員小物だった。資産価値の下がった会社に敵対的買収をかけるように、トランプは共和党に乗り込んだ。貧しい労働者の荒々しい言葉遣いと話し方、差別的なレトリックで、株の代わりに有権者の支持を奪い取って、党を乗っ取った。30年近くかかった大統領への野望はついに実現しつつある。それはマーケティングによって客のニーズに合わせた戦略の勝利だったのだ。
だが、トランプは勝ち取ったビジネスを必ずしも成功させていない。トランプは4度の自己破産をしている。「破産すれば負債がゼロになる法律があるから利用した」と肩をすくめるが、国家でそれをしたらどうなるか。日本はアメリカの国債の大口保有国である。
■特集「MAKE AMERICA GREAT AGAIN! 知られざるトランプ」
・8つの名言でトランプをもっと知る
・すべては客のニーズ次第 貴族からアジテーターへの転向
・「強い」オバマがつかんだ新潮流に乗っかるトランプ
・「勝ち馬」に乗らざるを得ない 共和党の深刻な分裂
・世界はトランプをどう見ているか
・在日米軍は本当に撤退できるのか
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