橋場日月の戦国武将のマネー術

2016年11月17日

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 ここで秀吉は兵たちを帰宅させて休息させようとしたが、軍師の黒田官兵衛孝高が待ったをかける。

 「家に帰すのは時間の無駄です。家族の顔を見てしまえば出撃するのをためらう者も出て参りましょう」

 これを聞いた秀吉、もっともと思い官兵衛の手配通りに軍勢を姫路城下の河原に野営させた。といっても、駆り出した町人たちが炊き出しをおこない、存分に食事を与えられた兵たちはみるみる体力を回復していく。大移動をおこなった兵たちに福利厚生面で報いた訳だ。

 

 それだけではない。次に秀吉が放った「第2の矢」に兵たちは狂喜し、河原は大歓声に包まれる事になる。それが「臨時ボーナス」だった。彼は姫路城の蔵に蓄えてあった米と金銀を全て兵たちに分配してしまったのだ。金銀の額は金子(きんす)800枚余りと銀750貫で、米の量は8万5000石ほどだったという(『川角太閤記』)。

 金子とは小判10枚にあたると考えれば良い。銀は重さで取り引きしたり枚数で取り引きしたりと、史料の記録がまちまちなのでややこしいのだが、銀子(ぎんす)1枚=重さ約161グラムの銀、と考えれば良い。これは現行の500円硬貨23枚分でずっしりと重い。1貫は1000匁(3750グラム)にあたり、750貫の銀は銀子1万7469枚ほどに換算できる。

 この年は金子1枚に対し米は42石が買え、銀子1枚で5・2石が買えた。1石は150キログラムで、現代の米価を米10キログラム当たり3000円として当てはめると、金子800枚余りは15億1200万円、銀750貫は40億8774万円、合計すると約56億円になる!

 米もすごい量だ。米8万5000石は12750トン。さきほどの米価を当てはめると米だけでも38億2500万円となる。金銀と米を秀吉の軍勢2万人で平等に分けても、1人当たり47万円だ。米について秀吉は、家来それぞれの給与の6倍程度になるように分配したという。臨時ボーナスで給与6カ月分がドカンと渡されて興奮しない人間はいない。

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