2022年12月5日(月)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年12月23日

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西本紫乃 (にしもと・しの)

北海道大学大学院公共政策学連携研究部付属公共政策学研究センター研究員

1972年広島県生まれ、広島大学大学院博士後期課程単位満了退学、元外務省専門調査員(在中国日本国大使館)。著書『モノ言う中国人』(集英社新書、2011年)。

 クライエンテリズム的人間関係では、親分の恩に対して子分はこれに報いなければならない。習近平主席の掲げる左派イデオロギーを、子分たちがそれを更に加速させる旗振り役をもって任ずる。それが引き立ててもらった恩にお返しをすることになる。「海外勢力」の脅威を煽り、内なる敵を打倒する。より左派的であることを良しとする風潮と、それによってますます強まる政治の閉塞感は、国家のトップの指導者の人事采配が一つの原因になっているといえる。そして、強まるメディア規制など国民の目に見える形で、どんどん深まる左派イデオロギーのスパイラルは、人々の政治に対する見方をますますしらけさせている。

国民的価値観の模索

 左派イデオロギーによって国民の心を共産党の下に束ねることがより困難になっていくなか、共産党にとって新たな全国民的価値観を見出すことが必要になっている。そこで、最近、習近平主席の肝入りで始められているのが「文明家庭」キャンペーンだ。「文明家庭」は親孝行や夫婦円満など、家族関係の規範的道徳を大事にしよう、と呼びかける政治運動である。全国で300の模範的な「文明家庭」が選ばれ、12月12日には習近平主席も出席して第一回全国文明家庭表彰大会が開催された。大会の席上、習近平主席は「中華民族は古来より家庭を重視してきた」と述べ、老幼男女のあいだの秩序の重要性を説き、家族をもっと大切にせよと呼びかけた。

 元来、中国共産党は社会主義の実現のために人々を家庭から切り離し、共産党が管理する「単位」の中に個人を組み込んできた。近年、「単位」制度が形骸化し、社会にバラバラの個人が多様な価値観をもって存在するようになっている。社会が複雑で多元化していく現状に対して、中国共産党は、家庭という原初的でミクロな社会単位を利用することで、なんとか人々をまとめようとしている。人々が親密関係の中につなぎとめられていれば、例えば、政府にとって都合の悪い活動をする個人に対して、家族に圧力をかけてこれを抑える効果も期待できる。

 中国中央電視台や新聞各紙では「文明家庭」の特集が展開されているが、そもそも民意の主勢力となっている中国の若い世代は、近年のメディア統制強化の影響で面白みがなくなったテレビや新聞など見なくなって久しい。プレモダン的価値観の推奨は、いまどきの人々の心に響くのかどうかはなはだ疑問だ。

 中国は来年秋に開催される5年に一度の党大会を控え、世間は安定の維持が第一となっている。政治による社会の締め付けがますます強くなっており、多くの人がこの政治的閉塞感は来年の党大会以降も変わらないだろうと一様に憂いている。しかし、様々な政治の動きからは民心掌握に腐心し、なんとか民心を共産党の指導の下にまとめようとする共産党の政治方針がうかがえる。旧来の共産党のイデオロギーに代わりうる、社会の現実や時代に合った新しいイデオロギーが見当たらないなか、PM2.5で白く煙る北京の街同様に、中国の政治も社会も明るい兆しはまだ見えそうにない。

  
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