2023年1月27日(金)

足立倫行のプレミアムエッセイ

2016年12月29日

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 私が参加したのは、23歳だった1971年。当時付き合っていたSという女性が住んでいたメキシコ市の下町地区のポサダだった。

メキシコシティ(iStock)

 私は「キリスト教徒じゃないけど」と言ったが、彼女は「関係ないわよ」と配られたローソクを私にも渡し、火をつけた。

 約三十人の主に女性や子供たちが、ローソクを持ち歌を歌いながら路地を往復する。

 家々の窓から室内が見えたが、どの家庭でも一角に、馬小屋のマリア、ホセ、東方の三賢者ら陶器像からなるナシミエント(キリスト生誕)のジオラマが設置されていた。行列の先端はホセとマリア、そして女性たちが捧げ持つ白布の上に寝かされているのが、前もって家々から集めた幼キリスト像だ。

 聖なる巡礼である行列は、あの家、この家の前で立ち止まり、「一晩の宿を」と合唱する。すると屋内にも集団がいて、「いや、泊めるわけにはいかない」と合唱で返す。『聖書』では「宿屋に部屋がない」の一語なのだが、敬虔なるメキシコ庶民の世界にあってはおごそかな掛け合い問答の場面なのだ。

 しかし、やがてある家の扉が開き一行は中に入る(室内でも相和した長い長い合唱)。

 終わると、その場にいた全員が、白布の幼キリスト像に一体残らずキスをする。私も、少しためらった後、Sの行動を真似た。

 これで儀式の方はつつがなく終了である。


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