韓国の「読み方」

2017年2月23日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 金正男氏が脱北者の亡命政府に担がれようとしていたという話も、この一種だろう。韓国では脱北者団体が乱立しており、大きな連合体を作ろうという求心力は見受けられない。脱北者の亡命政府というもの自体が、とても成立するとは思えないのである。亡命政府設立を主張する団体もあるようだが、意味のある活動をできるとは考えられない。厳しい言い方になるが、現状では自己満足以上の意味を持つことは難しいだろう。日本のメディアでも、そんなことを知らない朝鮮半島担当記者はいないはずだ。しかも、3代世襲の金正恩体制に反対するのであれば、そもそも金正恩氏の兄を首班に立てようとする時点で自己矛盾に陥ってしまう。

 さらに、亡命政府ができたとしても韓国政府の支援など期待できない。統一は韓国主導で行われなければならないと考える韓国政府にとって、亡命政府など邪魔な存在でしかない。韓国統一省は事件と関連して亡命政府説が流れた時、「亡命政府(構想)は一部脱北者の逸脱にすぎない」と切り捨てた。

 事件直後に行われた金正日生誕75周年を記念する大会で「指導者の継承問題を完璧に解決した」と金正日氏をたたえる演説があったことを、事件と結びつける報道もあった。北朝鮮の事情に詳しい関係者が「事件成功を祝ったのだろう」と見ている、といったような具合だ。しかし、これは北朝鮮が何年も前から数えきれないほど繰り返し言ってきたことだ。どうして今回だけ事件と関連してしまうのか理解に苦しむ。

 さらには「金正恩氏が自らについて、怒れば兄でも殺すほど手ごわい人間だと米国にメッセージを送ろうとした」という説まであるらしいが、この説に同調する専門家は見たことがない。失笑交じりに「米国は核問題を交渉する相手だというのが北朝鮮の考えだ。今回の事件が結果的にトランプ政権の対北朝鮮認識に影響を与える可能性は否定できないものの、北朝鮮にとっての対米メッセージはあくまでも核実験や弾道ミサイル発射だ。日米首脳会談に合わせたように弾道ミサイルを発射したことでも、それは分かる。暗殺事件で怖さを演出するとは思えない」と話す人ばかりだ。

 似たような話で、国民向けに「金正恩氏の怖さ」をアピールするという考え方もあるようだ。しかし、そもそも金正日氏の家族情報は機密扱いだったから、一般国民は金正男氏の存在自体を知らない。だから、国民向けに金正恩氏の無慈悲さを示す材料に使うこともできないのである。

背景にあるのは歴史的な「小国意識」か

 結局、体制や国家にとってのメリットは見当たらない。ならば、金正恩氏の個人的な都合によって金正男殺害が決められた可能性の方が高いことになる。金正男氏が世襲批判をしていたことが気に入らなかったのかもしれないし、あるいは金正男氏が管理していたと言われることもある秘密資金を取り上げようとしたのかもしれない。ただ、これも前述のケースと同じように「メリットとデメリットのバランス」が悪すぎる点は変わらない。

 南北問題を担当する統一相経験者でもある韓国の北朝鮮専門家に聞くと、「金正日と金正恩の行動様式は違う。それに尽きるのではないか」という答が返ってきた。もちろん金正恩氏の思い込みで脅威を感じたという可能性は残るのだが、それでもやはり「釣り合いが取れない」という感をぬぐうことはできないのである。

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