徳永(林)は、神谷(浪岡)の天才肌のとんがった漫才に心酔している。出会った日に、神谷から「俺の伝記を書け」といわれて、深夜の文房具店をたたき起こしてボールペンとノートを買って、神谷の言動を書いていく。ノートを書き終えて、新しくするたびに「神谷伝記」と表紙に書いて、ナンバーとともに始まる月日を記す。このノートと、都会の季節の移ろいが、青年たちの焦燥が募っていく様を表しているようである。
神谷 なぜ、秋は憂鬱な気分になるかっちゅうと、昔は人間も動物と同じで冬を越えるの命懸けやった。多くの生き物が冬の間に死んだ。その名残りで冬の入り口に対する恐怖がある。
徳永 僕は一年中憂鬱やから関係ないですわ。
神谷 なんや、大阪で高速バスが走り始めた時から、お前にこの話をして尊敬されようと楽しみしてたのに。
第4回に至って、徳永と神谷の周辺で新たな変化の兆しが現れてきた。「スパークス」の相方で突っ込み役の山下真人(井下好井)が、テレビドラマのチョイ役で出演したのが認められて、役者としてオーディションに出てみないかというオファーがくる。山下は「役者として売れれば、スパークスも売れるからえぇんちゃうか」という。徳永は納得できない。ネタを自分で作り、神谷を師匠として、漫才の道を歩み続けたいと考えているからだ。
神谷が徳永を合コンに誘ったのも、彼と同棲相手の真樹(門脇麦)との関係に揺らぎが起きてきたことを暗示している。帰りの電車のなかで、徳永が「真樹さんを好きなんですか」と聞くと、神谷は「いいや、つきおうてるだけや」と答える。
主人公のそれぞれの孤独と焦燥を
暖かく包み込む脇役たち
「劇中劇」ならぬ「劇中漫才」も十分に楽しめる。徳永と山下の「スパークス」の漫才は徐々にうまくなっていく。これに対して、神谷の「あほんだら」はとんがった笑いが観客に受けることもあるが、その広がりは狭い。
ドラマの脚本は、原作にはない登場人物を配して、物語の奥行を深くしている。
徳永と同じアパートに住む、小野寺(渡辺大知)はストリート・ミュージシャンとして、いつかはメジャーデビューを目指している。徳永に毎日千円を渡しては、サクラの客を演じてもらっている。毎晩、そっと徳永の部屋のドアをたたいては、その千円をまた返して次の日もサクラをやってくれるように頼むのだった。
小野寺の父が病に倒れ、故郷に帰る日、長距離バスの停留所で、徳永は「もう一度、歌が聴きたい」と小野寺に告げる。徳永は小野寺のギターケースに自分の千円を入れて、歌を聴きながら立ち去るのだった。
徳永が前に勤めていたコンビニのバイト仲間のあゆみ(徳永えり)は、美容師である。店が閉まった深夜に、徳永の髪を整えてやる。あゆみはアシスタントとして、放送局の調髪ができることになっている。「いつか徳永君も、放送局で会えるよ」と、あゆみは励ます。
「スパークス」の相方である山下の恋人役に高橋メアリージュン、徳永と神谷が初めて一緒に飲む熱海の居酒屋の店員役に山本彩、徳永が行きつけのコーヒーショップのマスター役に小林薫……「火花」の脇役たちは、ふたりの主人公のそれぞれの孤独と焦燥を暖かく包み込んでいる。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。