中島 憧れてましたねえ、サントリーの仕事。俗にダルマっていった「オールド」のCMで流れていた曲なんて、子供の頃から覚えているわけでね。そういう世代ですよ。
しかし相手は世界有数のメーカーですし、何しろ敷居が高い。ところが幸運なことに、サントリーが多角化した時期に巡り合わせたわけです。ウーロン茶ですとか、僕は「ミスピーチ」っていう、ピーチ味のリキュールを担当させてもらえたんですね。
リキュールって、要するにウイスキーみたいに、これこれこういうものでしてというはっきりしたものがないわけ。だからいろいろやれそうでしょ。その話が僕のところに来たんですよ。
ついに来たぞ、ですよ。僕はもう完璧に、サントリーに忠誠を尽くそうと意を決しました。人目があろうがなかろうが、サントリー以外のアルコールは嚥下しません。飲料・酒造会社さんでは、サントリーさん以外どこからお話が来ても受けません。純潔を守り抜かなきゃ。
それからサントリー宣伝部の人たちが出入りする居酒屋に何気ないふうを装って進入し、彼らと仲良くなるし、こちらからの愛情も訴え続ける――ま、当時サントリー、ソニー、資生堂といった広告主企業はどこも宣伝部が強力で、ここと仲良くなっておくのは絶対的に必要だったってこともあったんですけどね。
しかもサントリーやソニーは、僕ら作り手の腕を個別にきちんと見てくれていた。その分厳しいですよ。厳しいけど、誰でもいいから作っておいてちょうだいっていう――この方が多いものですけど――対応に比べたら、こっちだってやる気を起こしますよね。だからサントリーさんの仕事を貰えた以上、とにかく石にかじりついても離さんぞという意志で…。
浜野 いや中島さんに東大へ来てもらって学生に話をしてもらうのも、そういうところをしっかり学生に見てほしいからなんです。
若者は、すぐに「あの人才能あるんでしょ」で済ませちゃう。ある意味、才能は買えるし、あるのが当たり前。でも、中島さんは決してそれだけじゃないだろ、って。
いまいみじくも言われたような気配り。お客さんへの敬意。どれだけ日常の気働きをいろいろやっているか。そこを中島さんから教えてもらえって言うわけですよ。才能があれば気配りはいらないかっていったら、全然そんなことないのに、ね。
中島 そうですよ。僕、正直、本当に唯一ないのが才能だっていうぐらいの感じでやってます。
浜野 いやいや(笑)。
次回につづく
(司会・構成=谷口智彦 明治大学国際日本学部客員教授)
中島信也(なかじま・しんや)
(株)東北新社専務取締役 CMディレクター
1959年福岡県生まれ大阪育ち。1982年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒。同年、東北新社へ入社後、1983年にTVCM演出家となる。
1993、94、95、96年に日清カップヌードル"hungry?"で日本人として初のカンヌ国際CMフェスティバルグランプリ・金・銀・銅賞を受賞。 近年ではサントリーの「伊右衛門」「DAKARA」「燃焼系アミノ式」「PEPSI NEX」、資生堂の「新しい私になって」などを手がける。
2010年4月公開された映画「矢島美容室THE MOVIE~夢をつかまネバダ~」は、「ウルトラマンゼアス」(1996年)に続き、2回目の監督作品。