WEDGE REPORT

2017年5月16日

»著者プロフィール
閉じる

風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

 その後、年月を経てその時のことをよくよく考えてみた。当時の筆者はまだ浅薄だったと気がついた。友人に感じた不快感にこそ幸せの源泉の鍵があった。

 どこからともなく、学生の頃に読んだ谷崎潤一郎の処女作『刺青』の冒頭の句が、天啓のように降ってきたのだ。

 其れはまだ人々が愚かと云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。

愚かと云う貴い徳

 次に脳裏に浮かび上がったのは、不思議なことに渥美清演じる「フーテンの寅さん」だった。寅さんはふらりと柴又に戻り、マドンナに振られ、家族と喧嘩して、家を出る。その都度、家族は嫌な気分を味あわさせられる。不快だ。寅さんは愚かである。ところが何度喧嘩をしても家族は寅さんを受け入れる。

 なるほど、アマゾンの友人も愚かと云う貴い徳を持っていたのだ。

 すなわち、ボリビアはとてつもなく寛容度が高い社会だったのである。鉄道局(筆者は鉄道を作っていた)の中にはかつてゲリラだった人間もいた。それを悔いている彼は精神的に不安定でコカイン中毒だった。クーデターに失敗して国境の通関会社に勤務していた元大佐もいた。日系人の中には九州で人を殺してきたと嘯く人間もいた。結婚詐欺を働いて撃たれそうになり、酒代を踏み倒し、村から逃げた日系人もいた。知人女性はコカインの売人になり、刑務所に入っていた。

 寅さんどころではない。はぐれ者、失敗者、犯罪者を抱えてくれる懐の深い社会なのである。
日本人が昭和30年代を懐かしむのは、当時地縁や血縁がまだ保たれていたこともあるが、今よりも緩い社会だったからだろう。寄付行為などで社会の寛容度を測るのは、ピントが外れている。寛容さとは、ひとことでいえば、

 こんな自分でも生きられる。

 友人のクッシ―と、また会ってみようと思っている。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る