長く野球をやりたいんならたばこをやめろ
禁煙指導に熱心なコーチがこう力説する。
「若いやつらにはよく言うんですよ。首脳陣やベテランがたばこを吸っているからって、何の実績もないおまえらが吸っていいことにはならない。昔といまじゃ時代も環境も違うんだ。少しでもいい成績を挙げて、1年でも長く野球をやりたいんならたばこをやめろって。考えるまでもないことでしょう」
球界における分煙は1985年ごろから始まっている。まだ後楽園や東京ドームを本拠地としていた日本ハムで、嫌煙家の高田繁(現DeNA・GM)が監督に就任すると、移動用バスを喫煙車と禁煙車に分割させた。セ・リーグで同様の措置が執られたのはその10年後で、ヤクルトが1995年から禁煙バスを導入している。この年、近鉄からトレードで移籍した吉井理人(現日本ハム投手コーチ)のたっての要望によるものだった。
ちなみに、長嶋茂雄が監督をしていたこの当時、意外なことに巨人ではまだバスを喫煙と禁煙に分けていない。キャンプの練習後、後部座席にドッカリ座った清原和博がたばこをくわえて、ブワーッと煙を噴き上げていた横顔を思い出す。これにカチンときた嫌煙家の先輩が清原の横の窓に手を伸ばし、バン!と音を立てて開けたりしていた。
なお、私は18歳からたばこを吸い始め、40歳でやめた。以来、他人のたばこの臭いや副流煙に対する拒否反応が年々強くなっている。インタビューしている相手が目の前でたばこを吸い始めると、これほどつらいことはない。この苦しさ、スモーカーにはわからないかもしれないが。
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