つくばのモデルになった研究都市の存在
実は上記のExpaSoftも、第1回で紹介したソフトラボNSK、金融技術センター(CFT)も、ノボシビルスク市内の同じ区内に位置していた。「アカデムゴロドク」と呼ばれる、市内中心部から車で30分強離れた森の中に広がる街である。区名の意味はずばり「学術研究の街」だ。ここではロシア科学アカデミーシベリア支部のノボシビルスク科学研究センターを始めとする38の研究機関が技術開発に従事している。また前回の記事から何度も出てくるノボシビルスク国立大学を筆頭に、50を超える教育機関も集まっている。街全体では研究に関わる職員は1万人以上、学生数は13万人近い。重点分野は上記のようなITのほか、バイオ、医療などだ。
ちなみにこの街の成り立ちには東西冷戦が関係している。街が誕生したのは冷戦真っ最中の1950年代後半だ。それまで科学技術の拠点はやはり首都モスクワだったが、西側からの軍事攻撃を恐れたソ連政府が、あえてどの外国からも遠くて攻撃を受けにくいシベリアに技術集積地を移したとされる。日本のつくば学研都市も、このアカデムゴロドクをお手本にしたと言われている。
インキュベーション施設も
研究都市を代表する施設の一つに、ノボシビルスク州政府が運営する技術ベンチャー育成機関「アカデムパルク」がある。本部ビルはピラミッド風の独特のデザインを特徴とし、来訪者にとっては定番の写真スポットでもある。
資料によれば、本部ビルに実験室棟、オフィス棟を合わせた延べ10万㎡弱の敷地にIT、バイオ、新素材などの約340社が入居し、9000人近くが働いている。2016年には入居企業全体で年間226億ルーブル(460億円前後)の売上げがあったそうだ。ここではベンチャー支援の融資プログラムも豊富で、起業したての段階から法人化、製品の量産段階にいたるまで幅広い企業が、州政府や連邦政府、政府系財団から最大10億ルーブル(20億円前後)の融資を受けられるという。EU、米国をはじめ外国企業との交流も盛ん。日本に関しても2015年、この地の有機化学研究所が武田薬品工業と協定を結んだ例があるとのことだ。
このベンチャー育成機関でIT部門長を務めるアンドレイ・トゥルシュキン氏は、「人材が豊富で、世界的にもハイレベルな技術力を持つのがシベリアIT企業の特徴」と強調した上で、地元でよく言われるというセリフを筆者に紹介した。「仕様が固まっていて、どんなプログラムが必要かわかっている場合はインドのIT企業を使えばいい。どうしたらいいかわからないときは、シベリア企業の出番」。課題をどうやって、そして効率よく解決するか、考え抜く文化がここにはあると胸を張る。
同氏によればこんな実例があったそうだ。数年前、ロシアの地質調査会社が米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)の関係機関に気象観測装置の設計を依頼した際、設計プランが出てくるまでに8カ月かかり、この提案だけで日本円換算で1000万円近くを要求された。実際に施工するならさらに大きなお金がかかる。依頼元の担当者がたまたま当研究都市のエンジニアと会い、愚痴としてこの話をしたところ「1週間ください」と言われた。半信半疑で待ってみると、MIT案と同等のデータを取れて施工コストが数十万円レベルで済むプランが上がってきた。地質調査会社は迷わず後者を選んだ。
IT企業は研究都市アカデムゴロドク内だけというわけではない。一説にはノボシビルスク州内に大小3000社を超すIT企業があるという。筆者は今回訪問できなかったが、月間3000万人が利用するロシアの大手ネット地図サービス「2GIS」もまたシベリア企業だ。ノボシビルスク国立工科大学OBが90年代半ばに3人で始めたビジネスだが、今や従業員4000人の企業に育っている。
ITは地理的な不便さが問題にならない産業分野だ。日本のIT業界との連携も、今後ありうるかもしれない。