この熱き人々

2017年8月21日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「稽古中はものすごく苦しかったんですけれど、本番が始まったら今度はすごく楽しかったんです。それまでは性別を超えて人間を演じるのだと思って男役に取り組んできたけれど、自然の状態では私は女であって、声の出し方も、動きも、感情もすごく無理をしていたんですよね。無理が当たり前になっていたけれど、女性として芝居ができるのって自然ですごく楽しかった。もしあの時にエリザベート役をやっていなかったら、今、私は女優になっていなかったと思います」

自然な自分で演じる

 大変な難題をクリアしてのトップ就任だが、頂上に立った者は自分の意志で下山を決めなければならないのもまた定め。引き際を考えつつ、重責を担う。瀬奈は、初舞台から18年目の2009年12月にトップを後進に譲り、退団している。宝塚月組トップとしての最後の日、涙は全く出なかったという。

 「3日前くらいまではすっごく寂しかったんですよ。生まれ変わっても、もう一度宝塚に入ってトップを目指したいと思うくらい、宝塚大好きですから。でも最後の日はとてもすがすがしい気持ちでしたね。『グレート・ギャツビー』でギャツビー役をやった時、男役冥利に尽きるというか、これ以上男役として表現できるものはないというか。あの時に退団の決意はできた。だから悔いも曇りもなかったですね」

2012年、ミュージカル「エリザベート」で主役を演じる 東宝演劇部=写真提供

 退団というゴールが近づいた頃、実は退団後に再びエリザベート役での帝国劇場出演が打診されていたという。花組で暗殺者ルキーニ役、月組への客演でエリザベート役、月組トップとして死神トート役と、「エリザベート」の主要な3役をすべて演じたのは宝塚でも瀬奈だけ。男役を相手に娘役でエリザベートは経験しているが、女優としてエリザベートを演じるのは初めてということになる。

 「退団後のことは全く考えていなかったけれど、もう一度エリザベートを演じてみたいと思いました。娘役として演じた経験がなければ、怖くてとても引き受けられなかったんじゃないかなあ」

 

 この帝劇出演が瀬奈を女優としての道に導いたなら、瀬奈はよくよく「エリザベート」と縁が深い。男役から女優への転進後は、「アンナ・カレーニナ」「三銃士」「シスター・アクト~天使にラブ・ソングを」「越路吹雪 ラストダンス」など舞台を中心に存在感を増していき、順調な第2の芸能生活を重ねている。

 そういえば、退団直後に瀬奈の写真を見た時に、「え、これが瀬奈じゅん?」と驚くほど変わっていたことを思い出した。ショートだった髪は長くウエービーに、鋭くカメラのレンズを見据えていた眼光はあくまでソフトに、戸惑うほどの女性らしさにあふれたものだったのだ。男役トップは、しばらくはファンのために男っぽさを残してくれるものではないのかと思ったのだが……。

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