オモロイ社長、オモロイ会社

2017年8月31日

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杉浦佳浩 (すぎうら・よしひろ)

代表世話人株式会社代表

三洋証券株式会社入社(昭和62年)。鹿児島支店にて勤務。地元中小企業、個人富裕層の開拓を実施。 日経平均最高値の2カ月前に退職。次に日本一給与が高いと噂の某電機メーカーに転職。埼玉県浦和にて、大手自動車メーカー、菓子メーカー、 部品メーカー等の主力工場を担当。 退職時は、職場全員から胴上げ。そして、某保険会社に20数年勤務後、平成26年末に退社。在社中は、営業職、マネジメント職を経験して、リテール営業推進、若手人財育成を中心に担当していた。 社外の活動も活発に行っていた。平成27年1月1日、代表世話人株式会社を設立。
同社代表取締役に就任。世話人業をスタート。

起業家家系、松下幸之助との縁も

阪根さんの祖父

 昨年、パナソニックから出資を受けた、阪根さん。お爺さんとの不思議な縁があったと言います。米国から帰国後、実家で新規事業を立ち上げているうちにB to Cビジネスに挑戦し、外部の資本を受け入れて会社を大きく成長させたい、と思い始めた頃、お父さんに上場モデルについて話をされたそうです。

 B to Cビジネスについて反対はなかったのですが、「上場」を口にしたとたん、雲行きがおかしくなり、大反対に。なぜか? お爺さんは昔上場会社の社長をされている際に、TOBを仕掛けられ、会社の株を握られて乗っ取られた経緯があるとのこと。その事実を聞いて驚くも、何より、起業家家系であることに誇りを持ち、起業から上場を目指す決意が固まったそうです。

 1958年当時の雑誌『財政経済』の表紙を阪根さんのお爺さんが飾っていらっしゃいます。その右上には矍鑠とした松下幸之助さんの写真。この雑誌記事中には幸之助さんがお爺さんのことを、「私が一番感心しているのは、まだお若いのに、何と言うか精神的に非常に深味のある方だということです。こうした深味はどこからでてきたのかというと、ご自分に相当な才があるにもかかわらず、これを外に出さないで、いつも謙虚に先輩、他人の教えを乞い、絶えず内省しつつわが道を歩んでおられるというところから、自然に生み出されたのだと思います」と、語っています。

 この表紙の関係から約60年後に、孫である、阪根さんが事業投資を受け、事業連携をこれから行っていこうとされていること感慨深いと思います。

製品自主回収、苦難を乗り越えて

 2003年当時、実家の会社で社長就任当初の32歳。父親がカリスマ先代社長、社長交代に納得していない、古参のメンバーも多いなか、「攻めに攻めた』と言います。新規事業をいくつも立ち上げていく中、ある新規事業に、社員総数300名のうち150名ほどを投入、それが大炎上することに。当時設備投資を数億掛けたが、歩留まりが約10%程度、大赤字へ。さらに設備投資をする中、絶対に引き下がらないで現場に出て先陣を切るも、社員はボロボロ辞めていく、それでも諦めず、現場の掃除も行い社員と向き合い、半年後には軌道に乗り、現在は、実家の会社の稼ぎ頭に成長しているそうです。

 セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズの起業初年度、まだ製品を発売に至る前、開発先行で資金が必要な時期に、資金が底を突くと社内から声が上がる。「なんとか踏ん張って欲しい」と阪根さん。翌月にはあるベンチャーキャピタル(以下VC)から数億円の投資内諾を得ていたそうで、今月さえ乗り切れば、プロダクトもマーケットに投入できなんとかなると思っていたところ、そのVCからゼロ回答があり、お先真っ暗。

 そこからすでに投資を前向きに検討していた、事業会社に急ぎ投資時期決定の依頼を行い、なんとか翌々月でOKを貰えることに。しかし会社としては翌月が乗り越えられないレベル。阪根さんは再度お願いに上がり、融資を先にしてもらえることに。この資金が無ければ今、会社は存在しないと言います。

 この数カ月前、シリコンバレーで資金調達を目論んで行脚していましたが、どのVCからも「事業のフォーカス」という壁があったそうです。阪根さんが事業化しようとしている3つの事業について、「1つに絞れ」、「2つは売却しろ・辞めろ」という意見で、それを実行しないと投資はしないということだったそうです。

 阪根さんが、「イーロン・マスクはいくつも事業をやっているではないか?」と食い下がっても、「彼はペイパルを成功させている、まず1つの成功が重要」と、門前払いの冷たい反応だったそうで、その後訪問した欧州でも同様だったそうです。

 今年の6月14日、阪根さんのフェイスブックに長文の投稿があります。同社のヘルスケア分野の商品「ナステント」販売再開の文面です。

ナステントは昨年末の段階で発売以来100万個出荷し、セブンドリーマーズを支える中心的な事業に育っていました。1月末には大手コンビニエンスストアでのナステント取扱い開始と海外の偉大な投資家から弊社への出資が目前に迫る中、自主回収することを決めました。

ベンチャー企業の主力製品の自主回収、とてもインパクトがあります。さすがに今回は乗り切ることが難しいのではないかと感じました。「やはりベンチャーの開発した医療機器だから良い製品ではなかった」とか、「セブンドリーマーズはもうダメだ」とかの悪い評判のみならず、信じて下さっていた株主の皆様や出資目前だった投資家が離れていくのではないか、等いろいろな事が頭をよぎりました。

 という書き出しです。そもそもは、製品欠陥ではなく、利用者の誤使用による事故が原因によるものでありながらも事象を重く受け止め、半年間の出荷停止と自主回収の決断をした上での上記のコメントとなりました。この対応で、阪根さんは2週間で5キロの体重減、売上損失と回収費用等々で数十億円が消えていったそうです。まさに、死の谷へ真っ逆さまでした。

 しかし、ベンチャー企業でありながら自主回収を発表した毅然とした「姿勢」を見て、海外の投資家達も、いち早く投資にゴーサインが出たそうです。そして、ナステントの利用者たちから再開を望む声が多数寄せられたり、販売停止中にナステントが某通販サイトで10倍の値段で売られていたりと確実にマーケットから支持されていることも必ず復活させる原動力になったそうです。

 松下幸之助のコメントには、「信義に厚く、思いやりが深く、心づかいは行きとどいていて、その言動は心から信頼出来るのです。まちがいないのです。加うるに人一倍の勤勉家。まれにみる青年事業家でこういう人こそ、事業の王道を行く人だと信じ、その一層のご成功を祈っているのです」と、続きます。まさに起業家 事業家として受け継がれていると思った次第です。これからの阪根さんのイノベーション、事業拡大、伸展を見守りたいと思います。

  
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