その2. コピーキャットがイノベーターに変身する
中国の深センを拠点として、ハードウェアのスタートアップ(ベンチャー企業)を支援するHAXは、「イノベーションに関しては、今の中国は80年代の日本のようだ」と言っています。これまで中国のメーカーは、日本や米国の製品を模倣し「早く作って安く売る」だけのコピーキャット(模倣犯)と揶揄されてきました。
しかし、戦後の日本のメーカーも欧米の製品を模倣し、それらに追いつき追い越せと努力することで成長してきました。そして早くて安いだけでなく、旨さ、すなわち機能や品質、さらにデザインについても欧米の製品を凌ぐようになり、ホンダやソニーのようなイノベーティブな製品を提供する企業が生まれました。中国のメーカーもイノベーターに変身しようとしています。その原動力となる技術はソフトウェア、そして(特に)AIです。
特許や論文のデータ分析やコンサルティングを手がけるアスタミューゼ(東京)の集計によると、中国の特許庁に出願されたAI関連の特許の数は、2010年から2014年の累計で8410件で、2005年から2009年の累計2934件から約2.9倍に拡大しました。同時期に米国は1万2147件から1万5317件へ1.26倍の増加、しかし日本の特許庁への出願は2134件から2071件へと3%減少しています。特許全体の出願件数でも、日本は2位の座を中国に奪われようとしています。
中国のインターネット業界を代表するバイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)のBATと総称される3企業は、それぞれグーグル(検索エンジン)、アマゾン(Eコマース)、フェースブック(SNS)に相当する存在で、それぞれの強みに基づいて、AIの特定の分野で支配的になろうとしています。ちなみに、会社の規模を示す時価評価額はテンセントとアリババが約30兆円で、アジアNo.1を争っています。日本企業でトップのトヨタの時価評価額は約20兆円です。
テンセントは、5月にXiaoweiという音声アシスタントのサービスを開始しました。テンセントはWeChatという(LINEのような)メッセージング・サービスを提供していますが、配車サービス、フードデリバリー、教育、検索エンジンなどの企業、そして映画や音楽やスポーツや文学などの広範囲にわたるコンテンツのライセンスを所有しているので、ユーザーが音声アシスタントを介して利用できる、多くの実用的なサービスを用意することができるでしょう。
まもなく月間アクティブユーザが10億人を越えようというWeChatのユーザーベース(8/15の発表で国内専用版Weixinと合わせて9.63億人)は、サードパーティにとっても非常に魅力的なプラットホームです。スマートスピーカーだけでなく、自動車やその他のデバイスでXiaoweiと連携しようと考えるメーカーも多くなることでしょう。
ここまではアマゾンやグーグルのコピーキャットの域を出ていませんが、このエコシステムが成長すると、これまでなかった新しいハードウェアの可能性が見えるかもしれません。HAXが「ハードウェアのシリコンバレー」と呼ぶ深センの環境で、既存のメーカーやスタートアップがイノベーティブな製品を生み出し、中国でスケールして、それをグローバルに展開するというシナリオは十分に考えられます。
ハードウェアはコモディティ化しますが、ソフトウェアは差別化を続けることが可能です。しかし、ソフトウェアで収益をあげるビジネスモデルを構築することは難しい。ソフトウェアでハードウェアのコモディティ化を防ぐ、あるいはソフトウェアによってハードウェアを再定義する。HAXはそのような考え方で、ハードウェアのスタートアップを支援しているようです。