実際、立体感は片目だけでも感じることができる。片目を閉じたら、回りがぺらぺらの二次元と感じる人はたぶんいないだろう。
ヒトが二つの目で立体視を行うようになったのは、我々の祖先の霊長類が、アフリカの熱帯林の中で樹上生活をし、主に果樹などを食べる生き物として進化してきたからだ。手を伸ばして、果樹をもぎ取るような行動がやりやすいような適応として、両眼立体視という機能がある。
逆にいうと、両眼立体視は、そういう近距離では効果的ではあるものの、遠くのものの立体感、遠近感にはあまり関係していない。
そもそも、両眼に入力される微妙な映像のズレや、両目がどれだけ寄り目になるかの度合いは、遠くの物体ほどわずかになって、区別はつけにくくなる。実際には、両眼視による立体感の有効距離は、せいぜい20mほどといわれている。
それでは、人間は両眼視差や両眼輻輳以外に、どんな情報を使って立体感や遠近感を得ているのだろうか。
遠くに人がいるとき、網膜上の映像は、近くの人よりも小さく写っている。でも、我々は、あそこに小さな人がいるとは思わない。
これは、その見えている人と、まわりの景色との関係が学習されていて、無意識的に視覚イメージに影響を与えているからだ。
あるいは、コントラストの強い月面のクレーターの写真の中には、普通に見ると凹んで見えるのに、写真を上下逆さまにすると、ドーム状に飛び出してみえるものがある。
これも、自然界にある風景では、上から日が当たったときにどう影がつくかという無意識的な学習記憶が脳の中にあって、それによって引き起こされているといわれている。
このほかにも、動いているものには立体感が感じられるという現象もある。
さらに、
の“And Then There Was Salsa”というコマーシャルは、目の錯覚のようなものも含めて、何種類かのテクニックを組み合わせていて、これだけでもかなり立体感を感じられると思う。もし、あまり感じなかった人は、片目をつぶって筒のようなもので覗くようにすると、より強く立体感が得られるはずだ。
これは、画面の一部が何かに隠されている時のほうが、立体感を感じられることがあるという性質を使っているらしい。
こんなふうに、人間の感じる立体感は、両眼視差や両眼輻輳以外にも、非常に多くの手がかりによって創りだされている。
つまり、こういう様々な現象を巧妙に映像表現の中に取り入れることで、3D映画ならではのリアリティを高めていくことができる。この認識ができたことが、過去のブームと今回の、決定的な差になっているのではないだろうか。
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