本論説の懸念は、もっともなものです。不安定極まりない中東では、サウジの安定は貴重です。その安定を支えてきたのは、石油と前近代的統治でした。ふんだんな石油収入をもとに、サウド家は国民に世界で最も充実した福祉政策を実施し、その代わりに国民からサウド家への絶対的忠誠を得ました。厳格なワッハービズムが統治の一役を担っていました。
石油時代の終わりが云々されている今、ムハンマド皇太子は石油依存経済からの脱却と統治の近代化を図ろうとしています。これはサウジの将来に必要不可欠なことですが、サウジにとっては、日本の明治維新にも匹敵するほどの大改革です。
サウジの中・長期的安定のためには、経済的には石油依存からの脱却、政治的には近代的統治体制の確立が不可欠で、ムハンマド皇太子の狙いは正当です。
しかし問題は、エコノミストの指摘するように、ムハンマド皇太子の手法で、これほどの大改革を一挙に進めようとしていることです。
これまでサウジの統治はコンセンサスに基づき、変化があるとすれば、ラクダの歩みと言われてきたように、極めて緩慢なペースで起きていました。
ムハンマド皇太子の進め方はこれまでのサウジのやり方にそぐわず、サウジにとっては革命的なものです。ムハンマド皇太子が権力を集中し、性急に改革を進めていることについて、王族、ワッハーブ聖職者の中に不満があっても不思議ではありません。しかし平均年齢が26~7歳といわれる若い国民は改革を歓迎しているようです。ムハンマド皇太子には、サウド家の支配に代わるものがカオスにならないような賢明な舵取りが求められます。
それと問題は外交です。イエメンでは内戦への介入が泥沼化し、カタール孤立策はサウジの重要な外交基盤である湾岸協力機構を破壊してしまいました。最近ではレバノンに介入し、レバノン情勢を不安定化しかねません。これらはいずれもイランを意識しての行動と思われますが、国内改革に必然的に伴うものではありません。ムハンマド皇太子はサウジの面子にかけてイランとの勢力争いに勝とうと考えているのかもしれませんが、イランとの対決は中東情勢の一層の不安定化を招きかねず、情勢の展開によっては国内改革の推進のブレーキにもなりかねません。中東情勢の一層の不安定化で、ムハンマド皇太子が推進しようとしている経済改革に必要な外国からの投資が鈍ることが一例です。
ムハンマド皇太子がイランを意識した外交であまりに性急な行動に出ることは危険であり、マイナスです。外交面では世界が必要に応じて助言をすべきです。ムハンマド皇太子は、アブダビのムハンマド皇太子と親密な関係にあるといわれます。アブダビのムハンマド皇太子がムハンマド皇太子に適宜助言することが望まれます。
それと西側諸国です。トランプ大統領はサウジを無条件で支持するのではなく、西側諸国と協力してムハンマド皇太子の自制を促すべきであり、日本もそのような努力をすべきです。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。